第13話 白い光

そういうわけで僕たちは髭面の男の家についた。髭面の男は一人暮らしのようだ。着くと早々にキルリアが、

「あたしが料理を作るさ‼」と、意気込んで鼻を鳴らした。髭面の男は、

「それじゃあ、ご相伴に預かろうかな。」

と椅子に座った。キルリアは台所へ消えていった。僕は髭面の男に手招きをされて、僕も椅子に座ると、盃が僕の前に置かれた。

「これは大山焼きと言って、鉄鉱石の入った土で作った盃なのだ。ほら見ろ、砂鉄が反射して輝いているだろう?」

確かに盃が反射して輝いている。珍しかったので見入っていると、

「今日は紫芋の白酒があるのだが、どうだ?」

「いただきます。」

あぁ酒盛りだ。見知らぬ男二人、分かり合うには酒盛りしかないのだ。ええいと思ってクイッと盃を飲み干す。

「おお。呑めるなあ青年。」

と髭面の男が嬉しそうに笑った。それから僕たちは、最近の屋台の流行は何か、何が酒のつまみに一番合うか、くだらない話を話し合った。

「俺はやっぱり五香豆だな。あれがあれば白酒はいくらでも飲める。お前さんは?」

「僕は覇猪の排骨が一番ですね。塩ゆでしたのに、醋と胡椒をつけて食うのです。」

「胡椒⁉それは高価な‼胡椒が家にあるのか⁉」

「父が残してくれた財産です。あれは香りがいい。」

となんだかんだと盛り上がっていると、台所から悲鳴が聞こえた。

「痛い―。」

慌ててキルリアの下に駆け付けると、キルリアが左手を押さえていた。

「やっちまったさ。鯉の頭を割ろうとしたのだけど、大物の頭が固くてさ。」

左手の親指辺りを押さえている。慌てて指を確認すると、深い傷を負っている。僕が釣った大物の鯉の頭を包丁で割ろうとしたのだ。そしたら滑って、自分の指を切ってしまったらしい。髭面の男は素早く布を持ってきた、僕はその布で傷口を押さえた。

「しまったさ。せっかくのドミニクが釣った大物だったのに。」

と俯くキルリアがいた。僕はキルリアの傷口を押さえながら、その手をキルリアの顔の前に挙げて言った。

「その気持ちはとっても嬉しい。でもキルリアの怪我を治すのが先だ、傷が深い、医者を呼ぼう。」

「せっかくの酒盛りが台無しになるさ⁉こんな傷どうってことないさ⁉」キルリアが口答えをするのを遮った。

「傷が深い。医者に縫ってもらおう。僕はキルリアのことが一番大事だ。」

と言った途端に、僕の掌がポウっと白く光った。その光はキルリアの傷口に向かっていき、患部を包み込んだ。そして一段と強い光で瞬いた。その時キルリアの傷口が端の方から少しずつ閉じていった。出血も少しずつ収まっていき、最後は傷口が塞がった。白い光が瞬く中で僕たちは目を丸くして見つめていた。

「あれ⁉傷口が塞がったさ⁉どうしてさ⁉」

僕も理屈が分からなく、目を丸くしていると、髭面の男が声をかけた。

「それは魔術だ。」

髭面の男が険しい顔をしている。恐る恐る先程の言葉を確かめる。

「魔術?」

髭面の男が口を開く。

「あぁ、それは魔術だよ。魔族が使う魔法だ。しかし人間が使うのは初めて見たな。それも白い光だ。しかも俺たちが知っている魔族が使う魔術は、黒い光で痛みを与えるものなのに、この光は白色で、しかも傷を治してしまった。」

髭面の男が近づいてくる。

「ドミニク、これは意識して出したものではないな?無意識にキルリアのことを想って出た光と見たが、どうだ?」

僕は意識してこの白い光を出したことがない。身体を強張らせながら頷くと、

「うむ。これは面白い。」

と髭面の男は頷いた。再び髭面の男は酒の席に着くと、

「まぁ座れ、ゆっくりと話そうじゃないか。」

と落ち着いて席を改めた。僕も促されて、席に着くとこれまでの経緯を語った。髭面の男はうんうんと相槌を打ちながら僕の話を聞いてくれた。そして僕の話が終わると一言、

「それは正の魔術だ。」

と結論付けた、

「正の魔術?」

と、僕が問うと、

「魔術には正と負、二種類の魔術がある。魔族が使う黒い光の魔術は負の魔術。お前さんが放ったのは白い光、正の魔術だ。」

きょとんとして話を聞いていると、

「お前の白い光はキルリアにとって正の効果、すなわち傷を癒しただろう?それが正の魔術だ。逆に負の魔術は相手に負の効果、すなわち傷を与える魔術だ。」

「この光は魔族が使う魔術なのですか?」

と問うと、

「大きく言えばそうだな。しかし正の魔術を使えるものは限られる。それは心に誠を持っているものだけが使える魔術だ。」

言葉の意味が分からずに首をひねる。男が続けて、

「心の綺麗な者が相手のために使う魔術が正の魔術。心の悪しきものが相手を傷つけるために使う魔術が負の魔術だ。」

髭面の男はさらに、

「お前は、母親やキルリアのためにその力を使ったのだろう?その結果、母親は助かり、キルリアの傷は癒えた。それは正の魔術に違いない。」

「相手の傷を治す魔術なのですか?」

と僕が問うと、

「相手に正の力を与えると言った方が正しい。さっきも言ったが、一般的な魔族の使う魔術は負の魔術だ。すなわち心の汚い者が使う、相手を傷つける魔術なのだ。」

僕は少しずつ理解してきた。

「なので、ドミニクの魔術は心の綺麗な者には傷を癒し、心の汚い者には痛みを与える。そういった性質のものだろう。」

ひとつの結論が出たようだ。髭面の男が盃を飲み干す。

「傷ついた女子を心配するような男が、悪しき魔術を使うはずがない!」

とガハハと笑った。僕はどうしてこの男が魔族の使う魔術に詳しいのか気になったので尋ねてみた。

「どうして魔術に詳しいのですか?」と問うと、

「名乗り損ねたな、俺は討伐団団長アランと申す。俺も正の魔術を使う魔族は一匹しかみたことがない。金の塔に住まう赤い龍だ。だがな…。」

とアラン団長は続ける、

「人間にも魔術は使えるのだよ。それも同じように二種類に分けられる。正の魔術と負の魔術に分けられる。それも使い手の心の持ち様で変化するのだ。俺たちも魔術を使う、それは正の魔術だ。正の魔術を使わなければ、悪しき心を持つ魔族にダメージを与えられない。」

「討伐団も魔術を使うのですか⁉」

驚いて問うと、

「いや俺たちに魔術を使っている自覚はないよ。しかし国王グランデとの誓いと訓練によって、己の剣技が正の魔術を帯びるのだ。俺たちは斬ったときの感覚の違いで、魔術を使えているか分かっている。まぁ団員たちはそれが魔術だと思っていないのだが。」

討伐団の秘密を知ってしまった。なるほどそれなら、討伐団にしか魔族の相手が出来ないのがよくわかる。だが髭面の男は続ける、

「だが、討伐団に回復魔術が使えるものは一人もいないぞ。ドミニクお前どんなにキルリアが大切なのだ?」

とガッハッハと大笑いした。僕は赤面してしまったが、白い光の正体は分かったようだ。僕は正の魔術が使えるみたいだ。何で魔術が使えるか分からないけれど、良い性質のもののようで安心した。得体のしれない物だったらどうしようかと思っていた。ホッとした安堵と、これからどうしたらこの力を正しく使えるのか。なぜこの力が僕に備わったのか、不思議な事ばかりで思わず僕の掌を見つめていると、その手をキルリアが握った。

「ドミニク!ドミニクはあたしの勇者様さ⁉傷を治せるなんて‼その力はきっと誰にも必要とされる力さ‼」

と僕の両手を握りしめ、その手を胸元に近づけて、こちらをキラキラした瞳で見つめている。この瞳はまたお金のことを考えているのかと一瞬思ったが、その瞳はもっと純粋な眼差しでこちらを見つめているような気がしていた。驚いているような、感心しているような、とにかく、澄んだ瞳に見つめられるとこちらも恥ずかしくなった。アラン団長が見かねて、

「キルリアや、つまみはまだかね?」

と言うと、

「今すぐ作るさ!あたしの作る鯉の煮付けは絶品さ‼」

と言ってつまみを作る作業に戻った。アラン団長は、

「ドミニク、その力はお前の思った通りにはならないかもしれない。だが、間違いなく言えることは、その力は思った通りにならなくても、行動した通りになるということだ。やるべきことを間違えるなよ。」

と戒めを与えた。僕はこの力が特別なものだというものは認識していた。なぜどうして僕にこの力がもたらされたのか。それが解らなかった。このちっぽけな掌から出る光にどんな意味があるのだろう。母さん、姉さんも守れない僕に、人を癒す力があって何の役に立つのだろうか。分からないことだらけだった。ポカンとしている僕に、アラン団長は、

「呑みなおそう、ドミニク。理由は今に分かる。」

と席に着いてしまった。僕も頭に疑問が残るばかりで収拾がつかなかった。とりあえず僕も席に着いた。僕は正の魔術が使える。それは人とは違うことで、人を癒すことが出来る。魔族に通用するかは分からないけど、討伐団も正の魔術で魔族に攻撃する。悪いことではない。だがどうして、僕なのだろうか。例えばサイラスがこの魔術を使えたらどんな人も助けられる。正の魔術で魔族を打ち滅ぼし、世界を平和にできるかもしれない。でも僕は他人の代わりに殴られるぐらいのことしかできないのに―。と思った矢先、

「ほら、鯉が煮えたさ‼ドミニク、手は全く痛くなかったさ!ドミニクはいつも私を護ってくれるのさ‼」

という悩む僕を見透かしたキルリアの大声と共に、大皿の鯉の煮付けが現れた。

「いやー‼これは御馳走だ‼頂こう、ドミニク。」

とアラン団長は微笑んだ。キルリアも笑っていた。僕もつられて笑った。まぁとりあえずキルリアの傷が治ったからいいか。母さんの時もそうだった。僕にとっての大切なものは護れたのだ。すると、

「ドミニク食事が終わったら、手合わせしよう。お前には素質がある。護るべきものが見えているうちに。」

と手合わせすることになったが、

「剣は危ないから素手でしよう。」

と、言うアラン団長にこの後キルリアの店で殴られるよりももっとひどくボコボコに殴られるとは思いもしなかった。でもこの時はキルリアの作ってくれた料理と、アラン団長の酒に酔いしれて、嬉しい気持ちでいっぱいで緩み切った笑みをこぼれさせていた僕なのであった。

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