第20話 無貎の祭主(他者視点)

 無貎の祭主ローグリン。

 無貎の肉塊と呼ばれる特殊な魔物を「進化」させるために活動する狂人。

 そもそも無貎の肉塊は、魔物の中でもかなり稀有な特性を持っている。

 他者を吸収すること。

 何より魔力を”吸収”という形で奪い取ること。


 この世界の生物は、少なからず他者から栄養を取ることで魔力を得る。

 しかしそれは、体内の魔力を別の魔力という栄養で成長させるようなもの。

 無貎の肉塊だけが、他者の魔力をそのまま”奪い取る”ことができるのだ。

 それに特殊な神性を感じたのが、ローグリンの始まり。

 以来、世界各地に子株の肉塊をばら撒いて魔力を集めながら、親株を育ててきた。


 肉塊を育てるには良質な魔力が必要不可欠。

 だからこそ、ローグリンは強大な魔力の持ち主を求めていた。

 最悪の魔女アレイスタは、まさにローグリンが求める存在だ。

 数千年を生きたエルフの魔力総量は凄まじく、これを吸収できれば肉塊は新たな段階へ進むだろう。


 ――おそらく、子株を始末したのはこの女ではない。

 しかしローグリンにとって、アレイスタは子株を始末した存在以上の収穫だ。


「ひひ、ひひひ、幾年ぶりかなあ魔女ぉ。ようやくお前を、この方に捧げる準備ができたのだ」

「おやおや、前回はようやく育てた親株を始末されて地団駄を踏んでいたというのに、今度は吠え面までかかせてくれるのかな?」


 とはいえ、ローグリンにとってアレイスタは忸怩たる思いを抱かせた存在でもある。

 なにせ、以前育てていた親株の肉塊を始末したのがアレイスタなのだから。

 二百年以上かけて育てた親株を始末され、なんとか逃げ帰ることしかできなかったあの屈辱をローグリンは忘れていない。


「前回親株を始末したのが百年ほど前のことだろう? アレから同じペースで親株を育てたとしても、ボクにはかてないんじゃないかい? 実際、今回君が持ち込んだ親株は以前より小さいじゃないか」

「ひひ、ひひひひひ! さぁどうかなぁ。面白いものを見せてやろうかぁ、アレイスタァ!」


 ローグリンが叫び、そして祈るように親株を見上げる。


「さぁ主よ、あの不遜なるエルフを食い殺し、新たな位階へとその身を昇華させるのだ!」

「ふふ、主と言いながら肉塊を道具扱いするところは変わっていないな!」


 そしてアレイスタもまた、指を鳴らして魔術を行使する。


「”鉄塊”、”鍛造”、”自律”」


 肉塊の前で魔術を行使すると、その魔力は大半が吸収される。

 それ故に、肉塊は魔術師の天敵だ。

 しかし――肉塊の吸収量には限界がある。

 ならば、それ以上の魔力を使って魔術を使えば良い。

 多少吸収されても、その場で屠ってしまえば何ら問題はないのだから。


「受け止めてみたまえよ」


 現れたのは、鉄の塊を鋭く研ぎ澄ませた、人の身長の倍程度のサイズはある大剣。

 それが、宙を動いて肉塊へ斬りかかる。


「ひひひ! 前と同じ手が通じるとでも!」


 すると、肉塊は自身の身体の一部を硬化させて、それを受け止めた。

 前回はこの魔術に容易く、肉体を切断されていたのだた――


「――肉塊が魔術を扱うようになったか」

「ひひひ! 素晴らしい技術だろう! どうだね、最悪の魔女も見たことないだろう、魔物が魔術を使う光景など――」

「いや、あるが」


 少し前、リュシアンがラウに魔術を行使させていた。

 細かいやり方は違うだろうが、理屈は同じだろう。


「……は、強がりを!」


 更に肉塊は魔術を行使する。

 火球、風弾、様々な魔術を多彩に操り、アレイスタを攻撃する。


「面倒だなぁ」


 魔力を吸収されるせいで、魔術を行使するにも必要以上の魔力を消費させられ、アレイスタとしては戦いにくくて仕方がない状態だ。

 先程の大剣のように、持続時間の高い魔術を行使して魔力を使うことで対処するものの、埒が明かない。


「――さて、ローグリン。一つだけ良いことを教えてやろう」


 だから、拉致を開けることにした。



「”対策”を売っているのは、君だけではない」



 突如。

 戦場の遠くからが発生した。


「これは……!?」


 そこでローグリンが初めて、目を見開く。


「設置型魔術とでも言うべきものだ。私はこういう魔術にも長けていてね」


 それは魔術のように、長期にわたって効果を発揮する魔術。

 今回仕込まれていたのは、巨大な岩石を高速で打ち出す砲台を生み出す魔術。

 これのいいところは、肉塊の魔力吸収範囲で大規模な魔術を起動できるというところ。


「これは肉塊には防げないだろう」

「貴様――!」


 ローグリンが叫ぶ。

 出現した放題は、あまりにも巨大だ。

 あんな物をうけたら、親株どころか自分だってひとたまりもない。

 故にローグリンは、憎々しげにアレイスタを睨む。


「――発射」


 そして、アレイスタは魔術を起動させようとした。

 だが、その直前――



「なぁんてなぁ」



 ローグリンは、打って変わって悪辣な笑みを浮かべた。

 アレイスタが眉を潜める中、”それ”は肉塊に浮かび上がる。


『――――タスケテ』


 人の、顔。

 それも肉塊が浮かび上がらせる”偽物の顔”とは、また違う。

 だ。

 しかも、幼い子供のものが複数――


「――――ッ!!」


 アレイスタは、咄嗟に射線をズラしてしまった。

 子どもを傷つけることだけは、どうしてもアレイスタにはできないのだ。

 肉塊の頭上を超えて、砲弾はあらぬ方向へと飛んでいく。


「ローグリン……ッ!」

「ひひひ! いい顔だなぁ、その顔だよ! アレイスタ。貴様のその顔を俺は見たかったんだぁ!」


 ニタニタと、ローグリンは下卑た笑みを浮かべる。

 あの顔が本物とは思えない、しかしアレイスタは手を止めざるを得なかった。

 額から多量の汗を流しながら、明らかに呼吸は異常になっている。


「ひひひ、ひひひひひ!」


 ローグリンは、勝利を確信した。

 一体何がアレイスタのトラウマだったのかは知らないが、アレではもはやまともな判断はできまい。

 ならば後は、如何にいたぶって殺すか――



「――なぁ、師匠。アレ、俺にやらせてくれないか?」



 そんな時だった。

 後方から声が響く。


 一人の少年が、鋭い視線でローグリンを睨みながら後方から現れた。

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