第16話 じゃあ君は何ができるんだい?

 それから暫く、落ち着いたリリが今度は少しだけ焦げている天井を見上げて顔を青くした。


「は、はわわ。あのその、わ、わざとではないのです」

「ん? ああ、天井の焦げ跡なら気にしなくていいよ」


 どうやら、焦げた天井を見てやってしまった、と思ったのだろう。

 やってしまったのに、むくれて俺をぽかぽかしていたというのは、本人としては体裁が悪いようだ。

 とはいえ、師匠は気にした様子もなく指を鳴らして――


「”修繕”」


 天井を、一瞬にしてもとに戻した。


「わ、わわ」

「――まぁ、そもそもの話。この家は木を切り抜いてつくった家じゃないんだ」

「ど、どういうことですか……?」

「木の中に空間を作ってるんだよ。異空間ってやつかな。だから空間内部が破壊されてもボクはすぐに修繕できる。ちょっとくらい派手な魔術をこの中で使っても、誰も困らないわけさ」

「キッチンの食材とかがだめになったりするから、そこは気をつけたほうが良いと思うけどな」


 たしか、原作ではリュシアンが派手な魔術をうっかり使用して、キッチンが全壊したシーンがあった。

 その時の師匠の落胆っぷりと来たら、なかなかすごかったな。

 食事が趣味な人だから、キッチンに色々置いてあるんだ。


「ああ、それなら問題ないよ。リュシアンの血さえアレば、血、血血血、血ぃ、いひひひ」

「落ち着いてください」

「あひっ」


 首元にチョップを叩き込む。

 何故か師匠は中毒による禁断症状を起こしても、この方法で即座に復帰できるらしい。

 なんか、わざと禁断症状を起こしてるんじゃないか?


「にしてもアレだねぇ、ボクの見立てだとリュシアンは魔術師として結構才能があると思うんだけどねぇ」

「そうなのですか? お兄様はすごいです!」

「でも、今の状態だと明らかにリリちゃんの方が魔術師として大成するね」

「ひあう、お、恐れ多いです!」


 師匠の言葉に、リリが百面相を披露する。

 からかわないでください、師匠。

 まぁ、俺に才能があるのは嘘じゃない。

 原作では結構師匠が、俺の才能を褒めてたからな。

 多分、普通にやればかなりの魔術を修めることができるだろう。


「まぁでも、あくまでそれは魔力量を見ただけの話。魔術はどれだけ詠唱を省略したうえで効果を高められるかって部分も大事だからね」

「ええと、詠唱は省略できるのはわかるのですが……省略したら効果は弱くなるものではないのですか?」

「そうともかぎらない」


 リリは知識こそないけれど、頭の回転は速い。

 こういうところは、すぐに気付いてくれるようだ。


「リリ、昔武器の作り方を話したことを覚えてるか?」

「え、えっと、鉄を溶かして……とか、でしたっけ」

「そう。それらは、大枠だとどこも同じ手順で武器を作るんだ。だけど、工房の製法と職人の腕次第で、性能は大きく異なる。中には他の工房が行ってる手順を行ってないのに、性能が高い武器を作れる工房もある」

「なるほど……」

「相変わらず、君のその知識量はどうなってるんだい?」


 理解したのか、それとも理解している最中なのか、うつむき加減で返すリリ。

 師匠はといえば、肩をすくめてやれやれといった様子だ。


「じゃあ、そんな知識豊富なリュシアンなら、いい感じに詠唱を省略することができるかな?」

「それは流石にやってみないとわからないけど、ちょっと試してみたいことがあるんだ」


 言いながら、俺はラウに指令を送る。

 食器を洗っていたラウが、キッチンからダイニングへとやってきた。


「ふむ、何をするつもりかな」

「――ラウに魔術をつかってもらう」

「…………ん?」


 師匠が小首をかしげる中、俺はラウへさらなる指令を送った。

 それは、未だ覚えきれていない”発火”魔術の詠唱の漠然としたイメージ。

 するとラウが手をかざした。


「”発火”」


 そう口にすると――



 ラウの手前に、炎が生まれた。



「……………………んん?」

「わわ、ラウさんすごいですね。魔術が使えるなんて」

「いやいやいや、疑問に思わないとだめだよリリちゃん、ゾンビが魔術を使うのはありえないから!」

「ラウさんはゾンビではありません、お兄様の下僕です!」

「どっちもどっち!?」


 なにやら、リリと師匠が軽妙なやり取りをしている。


「まずね、彼女は発声ができないの。詠唱は最後に発動ワードって呼ばれるものを口にする必要がある」

「言っただろ、俺が」

「それだったら普通、リュシアンの手から炎が生まれるでしょ!」

「発動ワード以外はラウの魔力で処理されてるんだよ」

「え、えー」


 やったことと言えば単純で、俺はラウに指令を送った。

 ラウはその指令をある程度大雑把に自分で処理してくれる。

 詠唱に置いて、発動ワード以外の部分は脳内で考えるだけでも問題ない、と原作で師匠が言っていた。

 なら俺が魔術行使のイメージを漠然とラウに遅れば、それをラウが勝手に処理してくれるのではないか、と考えたのだ。


「……つまり、リュシアンはラウという魔道具を介せば、無詠唱で魔術が使えるわけだ」

「まぁ、そうなるな」

「はは、そっか……ボクが千年かけて習得した無詠唱が……はは、い、一瞬で……ははは……」


 それからしばらく、師匠はどこか苦い笑いを浮かべながら、遠い目をするのだった。

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