第8話 決着の後
大きく息を吐き出す。
実戦の高揚で思考から追い出せていた緊張が、どっと押し寄せてくる。
俺は、やった。
チンピラどもを撃退したのだ。
思った以上に、衝撃はなかった。
十年もこの世界で生きていれば、感覚が順応してしまうのだろう。
やったことは、単純だった。
俺のナイフは牙に穴を開けて、そこに血を流し込んだもの。
結果、眷属化による変異の際、刀身から血を流す機能が付与されていた。
これにより、無貎の肉塊に俺の血液を流し込んだのだ。
――無貎の肉塊は魔族の天敵だ。
魔力を含んだ血液を投与することで魔物を眷属にできる俺以外は。
原作でも、リュシアンだけは無貎の肉塊を難なく突破していた。
だから俺でもできるとは思っていたが、問題が二つある。
一つは今の俺が弱すぎるということ。
ラウの血を飲んで、急速に魔力を増やしているとはいえ、それでもまだまだ全然足りない。
普通に戦ったら、肉塊にナイフを斬りつけることすら困難だ。
もう一つが盗賊の存在。
彼奴等自体は、俺でも問題なく倒せると思う。
しかし、肉塊との戦いを邪魔されると非常に厄介だ。
だから、手を打った。
盗賊は、リリとラウに任せた。
まずリリが翼を使って遠くから盗賊を投石によって狙撃。
次にラウが別角度から盗賊に投石。
これで盗賊たちを混乱させ、さらには肉塊に指示を出しているだろう男の気をそらし、ナイフで肉塊を切りつけた。
そして一度切りつけてしまえば、後は眷属となった肉塊がなんとでもしてくれる。
とはいえ、まさかいきなりチンピラどもを飲み込むとは思わなかったが。
そもそも魔物は眷属化しても、もとの知性によっては自律行動が可能だ。
だから肉塊は、主である俺を守る形で男たちを飲み込んでいったのだろう。
「お兄様、大丈夫ですか!」
リリが翼を腕にして、その手の中に石を構えながらやってくる。
洞窟を拠点にしたおかげで、こういう石をいくらでも拾える環境だったのはなかなか僥倖だったな。
「ああ、……一応肉塊は俺の眷属になってるけど、魔力は勝手に周りから吸い取るから、近づいちゃダメだぞ」
「これは……随分と、悍ましい姿ですね」
「そうだな。けど問題ない……そろそろ自壊するはずだ」
「そうなのですか?」
疑問符を浮かべるリリの前で、肉塊が動きを止める。
そしてゆっくりと、溶けるように消えていくのだ。
「肉塊には、親と子がいるんだよ。こいつは子の方だ。子は親に魔力を供給する役目があるんだが……俺との眷属化によってその接続が絶たれた。すると、存在を保てなくなるんだよ」
「そう……ですか」
後には何も残らなかった。
男たちが持っていた松明すら、肉塊に飲み込まれたことで辺りは闇に満ちている。
俺達魔族は夜目が効くものの、そうでなければここには――驚くほど静謐な”無”しか存在しない。
今回は、なんとか切り抜けることが出来た。
しかし肉塊が消滅すれば、”主”にそのことが伝わるだろう。
面倒なことにならなければいいが……そう考えながら、俺はリリとラウとともに拠点へ戻るのだった。
+
「――肉塊が消滅した?」
そこは、どことも知れぬ地下だった。
様々な研究資材と死体が室内を占有するその場所で、一人の男が訝しむように魔道具の一つを確認する。
確かに、その魔道具とつながっているはずだった肉塊の反応が消失していた。
誰かが男の貸し出した肉塊を消滅させたのだ。
「グズめ」
使えない、と男は吐き捨てる。
魔力が男の管理する”親株”に還元されていないことを考えるに、魔力をほとんど吸えずに消失したということなのだから。
それでも、肉塊の消失に全く意味がない訳では無い。
存在価値がないのは肉塊を貸し出した相手であり、肉塊そのものには大いに価値があるのだから。
「肉塊が消滅したということは、肉塊を屠る者が居たということ。この世界における強者はおしなべて魔力によってその強さを担保している」
男は”何か”を弄りながら、ニタニタと笑みを浮かべる。
それは肉塊だ。
――人だったものの肉塊だ。
「だからこそ、子株程度ならば屠れるのだろう。しかし、しかし、しかし、ひひひ」
男がしていることを、ひと目で理解できるものはいないだろう。
余りにもそれは悍ましい行為だ。
目を覆いたくなるほどに、常軌を逸している。
「強者であればあるほど、親株の前には屈するほかなくなる。どんな存在だろうと、魔力を吸い取られて本来の力を引き出せるものは居ない! ひひひひひ!」
肉を、無貎の肉塊に縫い付けているのだ。
針と糸を使って、人と無貎の肉塊を融合させている。
それはこの肉塊に”ある能力”を付与するために行われているのだが、使われている人間は、全て子ども。
何故そんなことをするのか? ――趣味だ。
全ては男の、狂気故に。
「ああ、いい餌になるぞぉ。子株に何も吸わせず倒してしまう強者を取り込めば、どれほどの栄養になるか!」
男は決めた、この肉塊を屠った存在を追い、喰らう。
久しぶりに、この研究室から外に出る必要がある。
親株の操作は自分にしかできないのだから。
しかし、今回ばかりはその価値があるだろう。
これまでのように、部下を使って子株を他者に貸し出すのとはわけが違う。
「ああ、楽しくなるぞ……!」
男は、狂ったような笑みを浮かべながら、さらなる作業へ没頭するのだった。
――――
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