第3話 ……本気で吸うのですか?
ゾンビ、アンデッド。
この世界だとそういった呼ばれ方をすることの多い”魔物”。
人間は、死ぬとゾンビになる。
管理の行き届いている土地であれば、浄化されゾンビもわかないことが多い。
しかし俺達が暮らしていた街のように、治安が悪く墓地を街の外に設置する場合――そこに埋葬された死体はゾンビとなる。
ゾンビは鈍い。
走らないのだ、ゾンビなのだから当然だし、当たり前だし、走ることなどあってはならない常識なのだ。
加えて、この世界だと朝になるとまた墓の中に戻っていく習性がある。
墓地から離れようともせず、その周囲をウロウロしているだけ。
要するに――魔物としての脅威度が低いから放置されるのだ。
この世界は現在魔物の脅威が魔神関係の諸事情で高まっており、危険でない下水道の鼠やゾンビはスルーされる。
俺はこれを利用して、稼ぎを行おうと考えているわけ。
無論――
「あの、お兄様」
「どうした、リリ」
「……本気で吸うのですか?」
――それはこの世界の常識においても、ありえないことなのだが。
まぁ、うん。
俺も正直どうかとは思う。
臭いし、腐ってるし、絶対肉は美味しくない。
基本的に俺のことを慮ってくれるリリが本気で引いて止めるくらいだ。
もしもこれがリリでなかったら、俺を殴ってでも止めているはず。
「流石に、腐ってる状態のゾンビから吸うわけじゃないよ」
「なら、どうするのですか?」
「まぁ、見ててくれ」
言いながら、俺は墓地へと向かった。
「うん、ゾンビは歩くのが当然だな」
一人、常識をあらためて再確認しながら墓地を進む。
数体のゾンビが辺りを徘徊しており、俺はその中から一体のゾンビに目をつける。
「これが良さそうだな」
その中で、特に魔力の気配が濃いゾンビに目をつけた。
魔力ってのはこの世界の生物なら誰でも持っているし、魔族はそれをある程度感知できる。
だから俺はそのゾンビの元へと向かって歩いていき――
「確保」
『ゔぁああああ!』
確保したのは、身長高めの女性だった。
年齢は二十代くらいか、生前は美人だったのだろうブラウンの髪や肌が、今は見るも無惨な感じになっている。
それを抱えあげ、リリの元へと俺は戻る。
当然ゾンビは暴れるが、魔族は身体能力にも優れるので、タダのゾンビ程度ではどうってことない。
しばらくすると、ええー、みたいな顔のリリが俺を迎えてくれた。
「あの、お兄様……何をするのですか?」
「まぁ見ててくれって」
俺はゾンビを押さえつけながら、鼠の牙を取り出す。
そしてそれを自分の腕に切りつけた。
「お兄様!?」
「大丈夫」
慌てるリリを言葉で宥めつつ、溢れ出す血を俺は――ゾンビに与えた。
一滴ではない、普段リリに与えているほどの量を、ゾンビの口を開けて放り込む。
「お、お兄様ーっ! お兄様ーっっ!」
「落ち着けリリ! ほら、ゾンビを見ろ!」
まぁ、リリが慌てるのもわかる。
こんなゾンビに血を与えて何の意味があるのか。
だが、意味はあるのだ。
なぜならこの女性には豊富な魔力があり――そして、今の彼女はゾンビという魔物なのだから。
俺が血を与えてしばらくすると、その変化は起きた。
体中を赤い霧のようなものが覆い、それが晴れると女性は生前の見た目を取り戻していた。
生気の薄い、青白い肌でこそあるものの。
先程までの腐った死体状態からは脱し、人であると言い張れば人だと認められそうなくらい。
むしろ、白磁のような肌はどこか人間離れした美しさにもつながっていた。
「よし、成功だ」
「お、お兄様……? お兄様……?」
「大丈夫か、リリ。さっきからお兄様としか言えなくなってるが」
「お兄様ー!」
これは一体なんなのかと、リリは必死に瞳で訴えかけてくる。
まぁ、そりゃそうだ。
「――俺の血には、特別な力があるんだ。それは人や魔族にとっては栄養価の高い”食事”だ。でも、魔物に対しては全く別の効果を持つ」
「別の効果……ですか? そもそも、ゾンビとは魔物なのですか? いくら死体が意思なく動くだけの存在とは言え……もとは人間ですよ?」
「魔物だよ。そもそも、人も魔物も魔族も――根本的にはあまり違いがないんだ。例えば今の魔族は、魔族の血を引いた人間の中から特別魔力を多くもって生まれた人間に魔族の特徴を発現したものが魔族と呼ばれるように」
だから、魔族と呼ばれている俺やリリも種族的には人間の一種なのだ。
純粋な魔族はほぼ二千年前に絶滅し、その血は人の中に取り込まれている。
そんなことを考えながら俺は、眼の前の動かなくなった女性を見た。
今は眠りについたように目を閉じて、地面に横たわっている。
「人間種――人に限らず、エルフや魔族などの種族と魔物の違いは、自我を有するかどうか」
「自我、ですか」
「そう。智慧を持ち、言葉を交わすことができるかどうか。それらの特徴を持たない存在は魔物とされ――そういう魔物に俺の血を与えると、眷属にできるんだ」
「眷属、ですか」
「眷属化っていう、俺の特異だな。リリが翼を自由に操ったり変化させられるように、俺には魔物を支配下に置く能力が在る」
いいながら、俺は女性を抱き起こしてその首筋に鼠の牙を突き立てる。
溢れ出た血は、真紅に染まった美しいものだ。
腐ったゾンビの匂いもしないし、これならば食すことにためらいはいらないだろう。
俺はそれを、躊躇うことなく口に含んだ。
「ああっ」
リリが何やら声を上げる中、喉を血で潤す。
――美味い。
これまで呑んできた鼠の血とは比べ物にならないくらい、これが本物の血の味なのだ。
それに、手に入る魔力も段違い。
消滅しない程度に途中で止めても、鼠数匹分の魔力を確保することが出来た。
「――そしてこの状態でも、彼女にはゾンビとしての特性が残っている」
そして俺が口を話して、リリにそう告げると――
眼の前で、女性の首元の傷は塞がっていく。
「少し休ませておけば、失った血も元通りになるだろう。――これで、食料にはもう困らないぞ」
「ああ、もうお兄様……本当にどうかしています!」
それはまぁ、否定はできないけれど。
食料を得るためには仕方のないことだ。
それに、他にも彼女には、やってもらいたいこともあるしな。
――――
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