第2話
彼女のことを観察しては後悔する日々を過ごして、紅葉も終わって肌寒くなってきた秋の終わり頃のことだった。僕はその頃、いつものグループから少し距離を置いていた。それは彼女への憧れもあったのだと思う。課題をしようと大学の図書館に行くと、彼女がいた。彼女も課題をやっているようだった。ボールペンを持ちながら、その右手の人差し指をほの赤い唇に当てている。彼女だけの聖域である机の上には課題として借りているのであろう本が3冊ほど置かれている。
「その本、どこにあったかわかります?」思わず話しかけてしまった。ああ、びっくりさせてしまった。目の前の男に肩を上げて緊張しているようだった。
「えっと、そこの棚に並んでると思います」彼女は指し示した。
「ありがとうございます」僕は一礼しそう言うと、彼女が言った棚へ向かった。ええと、この辺りか。そうやって本を一冊探し当てると、また彼女の方へと向かった。内心、酷く緊張していた。周囲の人間にもそれが伝わっていたかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
意を決し、彼女に再度話しかける。
「あの、隣座ってもいいですか?この課題僕、わからなくて」耳の奥で心臓が鳴っている。首元まで心臓が腫れ上がったみたいに頸動脈をばくばくと打っている。もし断られたらどうしよう。話しかけた自分を鞭打ちたい。なぜ話しかけたのだろう。心臓の鼓動が後悔を脈打っている。ああ、いっそ断ってくれ。そうすれば全部終わる。こんなことなかったみたいに、いつも通り、いや一冊の本を伴って家に帰るだけだ。ああ、ああ。
「いいですよ」彼女は言った。
「いきなりですいません」僕は言った。内心、嬉しかった。なんて単純な奴。
それからは何もなかったみたいに二人並んで勉強をした。横目で見るに、彼女はすらすらと課題を進めていく。僕は「これ、どういうこと?」などと馬鹿を晒しながら彼女に話しかけた。それより、彼女と話すことの方が重要事項だった。聞けば聞くほど、彼女の声には透明感があって、少しかすれたような特徴的な声だったが、それすらも美しく感じた。
課題を終えた。最後の一時間ほどは彼女は既に終えていたが、僕の課題に付き合ってくれていた。申し訳なさ半分、嬉しさ半分、なんと罪深き人間。しかし彼女は、自分の理解も進むからと、いやな顔一つせずに僕の課題と向き合ってくれていた。その後は連絡先を交換した。
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