第43話 まだ何か思い違いを
プッペンスタット街 市営穀物倉庫
―第6紀 369年9月56日(土曜日)2刻
「壁守様,人差し指が完全に治ってよかったですね.」
「ほんとなの.でも,治癒神官様に指先を切り落としてからでないと,治せないと言われて,エリーが涙ぐんでいたのが,とても面白かったの.堕転ヅォークは怖くないのに,指を刃物で切り落とすのは怖いのなんて,ちぐはぐなの.」
「怖いよ!刃物怖いよ!指を切っちゃうんだよ!でも,魔法使いにとって,人差し指はほんとに大切だから,治ってよかったよ.3恊週もかかったけど,もう,以前となんの遜色もなくなったよ.あの堕転ヅォーク,左腕を一瞬で治してたけど,ほんととんでもないよ,不死の魔人め.」
と,人差し指から出る魔力の流れ感覚を確かめるように,指向法印でいろいろなものに標準を当てる.
燃やしたローブなどの代わりはもう購入済だ.今度もやはり白にして,断罪官の制服か軍服かという感じにちょっと似たお固いデザインのものを選択した.この前のお礼としてイサラミナ先輩のところから買おうかと思って,カタログを取り寄せたのだが,あまりにも可愛すぎるデザインが多くて,断念したのだ.
「壁守様,ご準備が整いました.」と,市の役人たちが,声をかけて来る.
「うん,でははじめよう.」
今日は秋に収穫された穀物を魔法陣に乗せて,“未来に”転送するのだ.遠くへモノを転送するのに【転移魔法】がある.時間と空間は同一なので,当然,未来へモノを転送できる.過去に転送?それはできない.過去に送ろうとするとなぜか未来へ転送されるのだ.西にマイナス-100メルテ転送しようとすると,西に100メルテ転送されるのでそれと一緒だ.
本日のお仕事は,要するに,新鮮な野菜や穀物を3か月後送って,3か月後に受け取るのだ.ここには同じ魔法陣が3つあり,6か月後と9カ月後にも転送する.街に
(ほんと誰だよ,こんな変な“掟”を決めたマギアスは?)
この街で最もマナ量が大きいのはエリーだ.この魔法陣は賢者級しか稼働させることはできない.しかし,エリーは立っているだけ(?)でいいらしい.前述のとおり,魔法を起動させるのに必要なマナは非常に多いため,それはエリーが立て替えるが,消費されるマナは役人たちが支払うらしい.エリーにしてみれば,いつでもおいしい野菜が食べられるのであれば,積極的に協力しても良かったのだが,役人たちにもプライドがあるらしい.毎恊年やっているこの行事はあの女ですら,なんと文句を言わずに参加していたらしい.
「準備いいかな?」
全員がうなずく.エリーがこの街に来てこれで3回目になるので慣れたものだ.
「では,はじめるよ.」
【魔法励起第3形態,両手接触法印から杖を経由して魔法陣に接続 消費マナ分散供給-第30階梯魔法 未来転送 3恊月 発動-エリザリーナ 650マナエルグ消費+共同マナ提供者 平均24Gマナエルグ×11術者】
魔法陣が光り輝く,するといつもと異なり,魔法陣からマナが逆流してくる【-共同マナ提供者へ 平均22Gマナエルグ返還】.
「きゃぁっ!」「うわっ!」「なんだ?」
転送が失敗し,魔法陣の一番外の輪が,赤色に点滅する.
「なんでよ?魔法が失敗したよ?」
「こんなこと初めてです.」
「これ,エラーがでているよ.だれか,このエラーは何か調べてよ.」
一人がぱたぱたと奥に走り,魔導書を持ってくる.
「ええと,“未来転送魔法陣が未来で破損することが確定しており,転送することができません.”とのことです.」
「ええ~,故障してしまいますの.」
「…修理するまで,転送できませんね.」
「残りの2つを先にやってしまおうよ.」
「そうですね.そういたしましょう.」
「…3つとも,転送できなんて,どういうことですの?このおっきい倉庫が壊れちゃいますの?」
3つとも,転送に失敗し,同じエラーで止まってしまって.皆,呆然としている.
「お役人さん,呆然としていも仕方ないから,とりあえず,冷凍保管に切り替えようよ.」
「そ,そうですね.市長に掛け合って,倉庫を確保してきます.」
「冷凍保管だと,おいしくないし,マナもたくさん必要なの.いいことないの.」
エリーは何か異様な胸騒ぎがして,心臓がドクドクと高鳴るのを感じた.これはおかしい.まだ何か思い違いをしているのかな?と,変な疑問が頭に思い浮かんだ.
「エリー,どうしのですの?考え込んで.」
エリーは銅貨1枚を取り出し,魔法陣の上に置く,それで一人で魔法陣を起動する.
【魔法励起第3形態,両手接触法印から杖を経由して魔法陣に接続-第30階梯魔法 未来転送 1恊日 発動-1Kマナエルグ消費-1Kマナエルグ返還,励起解除】
同様に失敗する.
「アンジェ,嫌な予感がするよ.急いで高い塔に戻ろう.メアリーはここで後処理をお願いね.」
「はい,わかりました.」
高い塔に戻り,とりあえず質問しやすいのはだれかと考えると,考えるまでもなく魔法陣研究をしているパスカルだ.さきほどの異常について相談しようかと思ったが,今日はよく考えたら,パスカルの晴れ舞台でもある卒業年の“研究発表会”の日のはずだ.准教授採用試験の一環でもある.
(さすがに,今連絡とるのは迷惑だよ.)と,思い,パスカルとエリーが婚約時にお互いに渡した指輪を使って,メッセージを送ることにした.
【魔法励起,左手接触法印から指輪に接続-第27階梯魔法 メッセージ記録-連続発動 720Kマナエルグ/周秒消費】左手を上げて,指輪に自分が映るようにする.
「パスカル~,研究発表会どうだった? ちょっと,変なことが起こったんだよ!すごく嫌な予感がする.疲れているところ悪いけど,すぐに連絡くれるかな?よろしくだよー.」
【左手接触法印から指輪に接続-第26階梯魔法 メッセージ送信 発動-12Mマナエルグ消費,励起解除】
エリーは高い塔の地上階で行ったり来たりした.なんだろう,この感覚.何か間違っている気がして仕方がない.う~ん.……
「そういえば,“とんずら君”は明らかに変だったよ!」
「え?とんずら君?だれですの,それ?」アンジェはすっかり忘れていた.
「…そんな…そんな可能性なんて,普通考えないよ!アンジェ,やばいよ!」エリーは背筋が寒くなった.
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