第36話 秘書というか弟子

プッペンスタットの南西側名もなき平原

―第6紀 367年6月23日(火曜日)1刻



「さてさて,例の事件も一段落したことだし,壁守のお仕事がんばるよ!」

「はい,壁守様がんばりましょう!」

「…わたくしはちょっとだけ,ゆっくりしたいですの.」

まだ,箒に乗れないメアリーは2階を自室にした.住み込みの秘書として,生活をはじめたのだ.メアリーの雇用費用もエリーが出すことにした.政治的に考えて,市長との距離を取るためだ.

「神殿ではここの1/4より狭いスペースに6人で住んでいたので,なんか贅沢すぎますね.」

「え?それはひどくないですの?」

そういえば,高い塔の4階分を占拠しているやつがいるよね.

「一般市民はそんなもんなんだよ.貴族がバカみたいに贅沢しすぎてるんだよ.さて,メアリーも魔法使いデビューが必要だね.その前に,魔力量を測定して,メアリーの市民登録をこっそり訂正して,それから魔法使い省に魔法使い登録変更書をだそう.」

魔力量を測定すると,術者級6位であることがわかり,市庁舎に行って,市長に訂正を依頼する.


「さて,市長!市長にはいろいろ後ろ暗いことがあると思うから,この件は内密にやってくれるよね?」

「まったく何も後ろ暗いところなどないが,すでにメアリー君の市民登録は修正済みですな.」

「さすが,市長.仕事が早いよ!ありがとう.それと,いい加減,わたしを監視するのをやめてくれないかな.ちゃんと定例会議もやっているんだし,もういいよね?あの女の件があって,壁守の動向が心配なのはわかるけど,さすがにちょっと目障りだよ.プライバシーの侵害だよ!」

「わかりました.私どもの諜報官のレベルでは,壁守様に見つからないようにするのはムリのようですな.ひっこめますぞ.」

「そうですよ.私がちゃんと壁守様と市長の間を取り持ちますので,ご心配不要です,.」と,メアリーはわざとらしく言った.

「メアリー君,私は君の父ではないぞ.私の妻が,隠し子がいるのかと勘違いして,とてつもなく怒るから,お父さん呼ばわりはやめてくれないかね.もし,私の家庭が崩壊したらどうしてくれるのかね.」この嫌がらせはエリーのアイデアである.

「オルコット前市長とはお友達だったんですよね?それで,メアリーの面倒を見てあげていたんですよね?」

「そうだ.彼が死んだのにはかなり参ったな.すごく優秀なやつだったんだ.やつの“遺言”で仕方なく,市長になったのだよ.メアリー君のことはオルコットに頼まれていたのだ.」

「市長も全部知っていたのなら,最初からメアリーにすべて話してくれていればよかったんですよ.ほんとに.」

「ああ,すまなかったですな.ところで,メアリー君の魔法使い登録はどうするのかね?」

「あー,そのまま,変更届を出しますよ.」

「いや,最初の登録届を出していないのに,どうするつもりなのかね?」

「だから,そのまま,変更届を出しますよ.魔法使い省とどっちがどっちでもめますが,押し通します.」

「…小役人どもと言い争うつもりなのかね.」

「ええ,こちらは魔法使い省が書類をなくしたのだろう作戦で行くつもりです.」

「それで大丈夫なのかね?」

「根性があれば,なるようになるんですよ.」


「そうそう,市長.内務省大臣賢爵閣下にわたしが例の事件のことを調査しないように,どうにかしてほしいと,お願いしてたよね?」

「なんのことですかな?」とそっぽを向いた.

「もう,すぐにそうやってごまかすんだから.そう進言しなかったら,もっと早くに例の事件は片付いていたのに,って思っただけだよ.」

「そうかもしれませんな.壁守様をよく知っていれば,そうしたかもしれませんな.」

「いや,やっぱり,前言撤回するよ.市長がそうしておいてくれてよかった.きっと,すぐに解決していたと思うけど,メアリーをわたしの秘書にしていなかったよ.うん,これでよかった気がするよ.」


案の定,魔法使い省とは小競り合いになった.魔法使い省も書類をなくしたことを絶対に認めなかったものの,2恊月後には魔法使い登録変更届を受理させた.これで文面上も,メアリーを魔法使いにすることができた.

「さて,これでメアリーも“掟”に縛られて,嘘つきの仲間入りだよ.普通なら,“掟”は初等教育で習うんだけど,わたしたちが教えないといけないよね.① 魔法がどうやって発動するのかごまかすために,マグニルの前では呪文を唱えないといけない.」

「はいっ!壁守様.わたし,魔術アラグニア語がしゃべれませんので,呪文が唱えられません.」

「呪文なんて,何でもいいんだよ.それっぽければね.例えば,『ちちんぷいぷい,おいしくなーれ!』とかでもいいんだよ.」

「エリー,さすがにそれはいい加減すぎるの.」

結局,アンジェとおそろいの呪文を丸暗記することにした.後は,② マグニルに魔法を教えてはならない.③ 魔法は神の加護によって発動しているとマグニルに説明する.④ 魔道具の中で魔法が発動していることをマグニルに知られてはならない.⑤ マグニルに四大元素論を元に魔法が発動すると教える.なので,問題ないだろう.

(いいや,メアリーに四大元素論を教えないと…ほんとムダな知識だよ.)


魔力マナを出すことができるんだよね?」

「はい!できます.得意なんです.」

「いやいや,ちゃんとコントロールして出さないといけないよ.人には魂の入れ物である宿魂晶が頭の中心くらいにあるんだよ.そこがマナの根源になっていて,そこからマナ伝達系を通って,マナ腺*から魔力を外に出せるんだよ.マナ腺は体のいろんなところにあるけど,例えば,指先と親指の根元が魔法制御に使いやすいんだよ.」

「はい,わたしも手から魔力を出していました.」

「じゃあ,まずはねぇ,マナをぐるぐる回す練習だよ.」

3人で手をつなぎ,円を作る.

「右手から魔力を放出して,それと同じだけ左手から魔力を吸収する.途中で,右左を交換する.これを繰り返すんだよ.」

「小さいころ,これよくやりましたの.」

「よくわからないのですけど,やってみます.」

「じゃあ行くよ.それ!」

「ひゃっ!」

「ほら,もっと魔力を吸収して.」

「魔力を出す方は結構圧がありますの.いい感じですの.」

「吸うのと出すのを一緒の量にしないと,マナがなくなっちゃうよ.」

「はいー.」

「もう,必死感が伝わりますの(笑).」

……

「ふぅ~,なんか体の中をマナがぐるぐる回る感じって,新鮮な感覚で結構楽しいですね.」

「わたくしたちはもうそれが普通になってますの.」

「そうだよ.これはね,早くできるほど,魔法を早く発動できるんだよ.だから自分でも右手と左手を合わせて,腕の中でぐるぐる回すといいよ.」

「こう,かな?」

「うん,回っているね.」

「回っているのがわかるのですか?」

「そうだよ.マグニルには教えないけど,マギアスにはこめかみの辺りにマナの流れを感知できる器官があるんだよ.マナが動いているのわからない?」と,エリーは自分のこめかみに指をさす.

「うーん?」

「じゃあ,目を瞑って.」

「私とアンジェはマナの塊みたいなものだよ.今から動くから,どこにいるか指さしてみて.」

「こっちと,こっちです.」

「そうそう,当たり.もっと動いてみるよ.」

「すごいです.全方向わかります.夜道で後ろをつけられていると,気づくやつですよね.」

「そうだよ,訓練すれば,もっとマナ覚を育てられるよ.後ろから魔法を発動されるとマナ覚が教えてくれるんだよ.まあ,攻撃されるとわかった時に【魔法障壁】を展開しようとしても距離が近いと間に合わないんだけれどね.…えっ!夜道で後をつけられたことがあるの?夜の一人歩きはあぶないよ!」

「もちろん,大丈夫でした.わたしを襲ってきた相手を殴り倒してやりました.」

「…そういえば,護身術も得意だったんだよね.」


「それじゃあ,メアリーの初魔法をやってみよう!」

「どきどきします.」

「まずは安全な【純水生成】からやろう.この床は黒曜石でできていて,マナを流しながらなぞると線が引けるんだよ.しゃがんで描くのが面倒だから,みんな杖を使うんだよ.」

エリーは床に魔法陣を描く.かなり複雑で色とりどりの図形だ.

「この魔法陣の図形をちゃんと覚えておくと,いざというときに,水が作れるんだよ.まあ,そんな状況になりたくはないけれども.ちなみに,魔法陣の図形はね,色や線の太さ,線と線の間隔とか,大事なポイントがいくつもあって,それを外すと発動しないから,簡単には覚えられないんだよ.」

「そうなんですね.そっちはゆっくり勉強します.【純水生成】は砂漠で死にそうになったときとか,便利そうですね.」

「あー,この魔法はね,【純水生成】とかいう名前だけど,無から水を作っているんじゃなくて,大気中の水分を集めているだけだから,砂漠みたいに極端に空気が乾燥していると,ちょっとしか水が作れないんだよ.」

「なるほど.」

「メアリーここに立って.魔法陣はね,迷路みたいだけど,よく見たら輪っかになっているんだよ.それが,わざと4か所か3か所が切れているんだよ.切れているところは,ココとココとココ.」

「はい,切れていますね.」

「杖を立てる場所はだいたいこの二重丸◎マークになっているんだ.そうでないところ2か所の丸●を足で踏んで,杖をココ◎に立てる.じゃあ,両手のマナ腺からマナを流してみて.両足からは流さなくても,手からマナを流した反動で勝手にうまいことなるよ.」

「あの,壁守様の杖をお借りしてもいいのですか?」

「うん,練習だからいいよ.そのうち自分のを買うといいよ.」

「壊れたりしませんか?」

「ふふ~ん,その杖“アール君”はね,伝説の魔法使いマギウス・ウル・マギアスの作のすごいやつだから.メアリーにはどうやっても壊せないよ.」

「なら,安心ですね.」

「でも,その杖,街の杖屋で同じ性能のものを買ったら,金貨30,000枚はするの.」

「ひぇっ!」カランカランコロコロ.

「メ,メアリー,放り投げないで!」

「す,す,す,すみません.ちょっと,驚いてしまいました.」

「落ち着いて,大丈夫だから.深呼吸して,はい!」

「すー,はぁー.はい,じゃあいきます!ふんぬ!」

【魔力励起,両手接触法印で杖経由魔法陣に接続-第22階梯魔法 純水生成タイプ3 発動-93Kマナエルグ消費+1.3Gマナエルグ過剰投入】

「あわわ,ちょっとマナが多すぎますの!」

慌てて,エリーは【魔力励起,左手指向法印にて第22領域で第20領域を平面展開 右手接触法印で魔導ローブの魔法陣に接続-第29階梯魔法 魔法障壁 対メアリー 発動-1.4Mマナエルグ消費】メアリーを防御する魔法を展開し,アンジェの後ろに隠れる.

メアリーが発動した魔法は一瞬成功して,杖の先端に空気が集まり,水球が生成されたが,過充マナされた魔法陣がバーストし,水球ははじけ飛び雨のように室内に降り注ぐ.

バリバリバリ!

「きゃぁっ!」大部分の過剰マナは大地に逃げたものの,床の黒曜石が砕けて,弾丸のようにメアリーの足元から室内のあらゆる方向へはじけ飛ぶ.だが,アンジェの周りではすべての石が跳ね返る.

「あー,びっくりしたよ.魔法陣が吹っ飛んだけど,とりあえず魔法は発動したよ.」

「エリー,わたくしを肉盾にするんじゃないですの.」

「だって,アンジェの髪留め,【運動量ベクトル反転】のアーティファクトなんだよね?とても安全だよ.」

メアリーはびしょぬれになって固まっていたが,首をロボットのようにギギギと回して振り返る.

「か,壁守様,床が壊れました.」

「あはは,壊れたんじゃなくて,メアリーが壊したんだよ.初めてだから,失敗しても気にしちゃダメだよ.普通の人は,慎重にやって,なかなか魔法が発動しない人の方が多いんだけど,メアリーは思いっきりが良かったから,ちょっとマナが多すぎて,魔法陣がマナ量に耐えられずに爆発バーストしちゃったんだよ.でもね,一瞬で爆発するのは実はすごいんだよ.すごい速度でマナを魔法陣に注入できる人は魔法を早く発動できるんだよ.メアリーは練習したら,魔法の早撃ち選手になれるよ!」

「…は,はい!がんばります.」

「でも,床は弁償してね,メアリー.」と,エリーはにっこりした.

「す,すみません!」

「エリー,鬼なの.」

「冗談だって!魔法で直せるからいいよ.」


エリーはすぐにメアリーに【魔法障壁】を教え,【魔法障壁】を発動したまま【純水生成】をやらせようとした.初等教育もまともに受けてないし,まだ1回しか魔法を使ったことがない“初心者”に,魔法の二重起動とかスパルタすぎるエリーであった.


「わたし,壁守様の秘書と言うより,弟子みたいになってますね.」

「あれ?ほんとだね.」




*) マナ腺:つまり,チャクラ.


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