黄昏の喫茶店で君と
アカツキ千夏
Sect.0:Commencement
閉店後のレトロな喫茶店「時の雫」。客のいない店内は、古時計の振り子が奏でる穏やかな音と、微かに漂うコーヒーの香りに包まれ、静寂を取り戻していた。
窓の外は、数日前に降り続いた雨のせいで、アスファルトがまだ湿っている。カフェテーブルを囲むように向かい合わせになった男女、二人の視線の先には、かろうじて楽譜の形を保っている、土のついた数枚の紙切れ。
それは、男性が子供の頃に遊んでいた古い公園の片隅から見つかった、盗まれた楽譜だった。楽譜を前に、二人は安堵の表情を見せた。
「これで一件落着ですね」
女性が小さくつぶやき、楽譜を手に取りまとめる。その瞬間、男性が楽譜の裏に何か書かれていることに気づき、女性の手を止めさせた。 「待った、楽譜の裏に何か書いてある」
男性の言葉に、女性は楽譜を確認する。そこには、確かに“聡志、悠真、鈴へ”とメッセージが書かれていた。
次の瞬間、女性の脳内の“無能という鎧”の基盤が音を立てて崩れ去った。
彼女は頭を抑え、全身に電流が走ったかのように息をのんだ。
見覚えのない映像。それは彼女が父親らしき人物からの壮絶な過去から身を守るために感情と共に“言葉”を封印した時代の“声のない悲鳴”だった。
その悲鳴が懐かしいメロディーという音の言語に乗って彼女の脳裏に流れ始めた。
それは一瞬にして一瞬の出来事だったが女性を深く動揺させた。心配そうに見つめる男性を前に、女性は震える声で、そのメロディーを口ずさんだ。
その曲を聴いた男性は、驚きを隠せない。そのメロディーは男性が毎日、無意識に口ずさんでいた、ある人物と過ごした日々を象徴する曲だったからだ。
「私たちの物語は、盗まれた一つの楽譜から始まった。それは二人を結びつける運命の糸であり、そして、偽りの自分を生きる私たちの、唯一の希望だった」
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