第125話:【威圧】の試運転
夏休みも佳境に入り、夏期講習もギリギリまで詰め込んで二学期に向けてロケットブーストをかけていこうという生徒と、夏休みを完全に詰め込んでいては息抜きもできないとして、最後の十数日ぐらい気を抜いて二学期への休憩をしていかないといけないな、と考える生徒とでおおよそ二分割されていた。
俺としては塾へ通うという手段もあったのだが、中間テストと期末テストの結果から考えて、塾に通ってまで勉強する必要はないな、と多少単純な思考に陥っていた。
実際普通科とはいえ学年二位まで上がれていたならこの夏休みでさらに伸びたレベル分を考えても、まだまだ俺の伸びしろもあるし、ついでに彩花の伸びしろもある。この専用ダンジョンを運用していく限り、そうそう他の生徒に追いつかれたりする心配は、ないんじゃないかな。
机の上に積み重ねられた赤本の多さからしても、かなりのレベルで問題を解けていることがわかる。何なら、今この大量の本を売り払って新しい赤本を買って新しいほうをまたやり尽くして……と半無限ループに陥らせることもできる。どの赤本も八割は確実に取れるし、もっと簡単な大学のものなら九割から九割五分まで点を取ることができる。
ここまで出来ればもう充分な可能性は高いので、そこまで取れる赤本は売りに出してもいい気はするが、一応受験が終わるまでは残しておこう。ペンで触れたり線を引いたりしてないほぼ新品状態であるし、常に最新の赤本しか置いていない書店とは違い、ネットオークションやフリマサイト、中古書店で赤本をやり取りすることは実に合理的な判断であると言える。
そのため、受験が終わったら赤本の処分に困るんだろうなあ……という気は何となくしている。実家に送り付けて実家から少しずつ買い取り業者にお願いする、という手もあるんだろうが、どっちにしろ受験が終わって無事に合格するまではこの部屋にいてもらうことにするか。気を早めて断捨離を焦ったあげく解く問題がない、なんてことにはならないようにしないといけないからな。
少しばかり狭い思いをすることになるだろうが、受験生がみんな通った道だと考えて我慢しよう。
さて、今日は久々の探索だ。最近オーク肉ばかりを食べていたらオーク肉のストックが底を突きそうになってきた。これはいかんと早速オーク肉の確保に行く。ついでにオークチーフにも寄って、【威圧】が出るかどうかチェックしに行こう。でなくても、肉塊が出てくれればそれを細切れにして保存しておくことでまたしばらく食肉に困らなくて済む。自作のボロネーゼパスタが作り放題だ。
「ちょっと食肉を取ってくる。そろそろ在庫が怪しいからな」
「そう、気を付けてね。あと、あんまり遅くなるんじゃないわよ」
アカネにも伝えるが、アカネはやることが少しあるのかそっけない答えが返ってきた。
「ついでに威圧がどのぐらいのモンスターにまで通用するか試してくるよ」
「そういえば覚えたんだったわね。オークぐらいまで効くと色々と捗りそうだけど、どうなのかしら」
「さあな。とりあえず使える所で使ってみて、性能のほうを試してみることにするよ」
アカネにきちんと断りをいれて、試運転だ、と言ってダンジョンの中へ入る。
早速その辺にいるスライムに威圧をかける……が、反応がない。そもそもスライムに威圧感というものが判断できるのか、そして、その威圧感を伝える術があるのか、と言うことに気がつき、威圧を解除して普通に倒した。
これは、意志疎通がある程度できる相手でなければ意味はないな。さっさと奥に入り、ゴブリンが出てくるところまで入り込む。
ゴブリンエリアにたどり着き、早速出てきたゴブリンに威圧をかける。すると、ゴブリンの動きがピタリと止まる。そのまま睨み付け続けるが、やはり動かない。
ずっと威圧をかけていると、ゴブリンから大量の汗みたいなものが出始めた。漏らしたわけではないだろうから、脂汗というところだろうか。
いい加減ゴブリンとにらみ合いするのも飽きてきたので、そのままスッと刃物をいれて楽にしてやると、助かった……というような安堵の表情を浮かべながらゴブリンは黒い霧に変わっていった。
威圧を喰らい続けるよりもいっそのこと楽にしてくれ、という心境だったのかもしれないな。威圧とは本来そういうスキルの様子らしい。他のゴブリンでも試してみるが、威圧にかかったゴブリンは指一本動かせずにそのまま金縛りにあったような様子だ。
実際オークチーフに初めて威圧を受けた時の彩花も完全に不動の状態で守りにも入れない様子だったし、俺もそうだったからな。頭を押さえつけられて気を付けの姿勢を要求されるような……そう、怖い生徒指導の教師に怒られるようなあの感覚。あれを味わうのが威圧の効果という事だろう。
後は、どこのモンスターまで効果があるかを確かめないといけないな。ゴブリンには普通に効いたが、シールドゴブリンやゴブリンアーチャーは。レッドキャップには。オークには。オークにまで効果があるといろいろと便利なんだが、使い過ぎで俺が疲れるかもしれないので、どこまで威圧を放っていられるのか、というのも検証として考えておかないといけないな。
奥へ進んでシールドゴブリンに【威圧】をかけたところ盾を前に構えたまま、ガタガタと震え出した。こっちのほうが威圧の効果としてはわかりやすいな。シールドゴブリンに効くということは、ゴブリンアーチャーにも多分効果はあるだろう。ちょっと探すような感じで内部をうろつくと、ゴブリンアーチャーがこちらへ矢を番えているのが見えたので【威圧】。
すると、つがえたはいいが矢先が震え出し、俺を狙うことを拒否しているかのように明後日の方向へ矢を放った。ここまで効果があるとそれだけでも充分だな。アーチャーにも効果ありっと。
さて、レッドキャップはどうかな。威圧をしてるつもりでそのまま進むと、オークの出てくるエリアまでレッドキャップが出てくる気配はなかった。【聞き耳】を通してモンスターの居場所らしきところに反応はあったが、こちらへ来るという様子もなく、ただその場で俺が過ぎ去っていくのを待っているかのような弱気な反応に感じられた。
どうやら、レッドキャップまでも威圧の効果があるらしい。これでオークまでは安全に歩きとおせる道が完成したってことにもなる。襲われる心配がないってのは良いことだな。
オークには……さすがに効果がなかった。威圧をかけても平気でこちらにドスドスと駆け寄ってくるのでそのままいつもの流れといつもの体勢、そしていつもの剣術で倒す。こちらも変わらず魔石をくれた。威圧レベル1はレッドキャップまでは効果がある、と。レベル2になったらオークやリザードマンにも通用しそうだな。
そのままオークを狩り続けながら、中ボス部屋の前までたどり着く。さて、久々のオークチーフ君ちーっす。
「グモオオォォォォ! 」
向こうもチーッスと威圧をかけてきたので、こっちもお返しに威圧を無言でかける。お互いに効力のない威圧だが、認識し合うことに意味があるのだろう。オークチーフ君も効果がないと悟ったのか、一直線にこちらへ向けて近寄ってきた。
オークチーフ君の鼻先にエネルギーボルトを当ててやり目をつぶった瞬間に全力で駆けより、オークチーフの攻撃予定地点を狂わせる。遠くを見ていたはずなのにもう目の前に俺が居るとパニックを起こしたオークチーフがその場で山賊刀を振り回す。おいおい危ないじゃないか。
山賊刀をこっちの山賊刀と合わせて弾き飛ばすとオークチーフは拾いに行こうと振り向こうとするが、その前に俺の斬撃がオークチーフに当たる。背中を斬られた形になったオークチーフがその場にどっと倒れて、立ち上がろうとするが、その背中に山賊刀を突き立てて革鎧を貫通させて胴体に直接攻撃を加える。
「今回は手間がかかるのはなしな。また次回以降でよろしく」
そう言い放つと、グリッと体の中で山賊刀をねじり込み、オークチーフの体の内側から黒い霧が噴き出る。どうやら急所には当たってたらしい。そのままオークチーフが山賊刀と共に黒い霧になり消え去っていくと、残った跡地には肉塊と魔石、そしてスキルスクロールが落ちていた。山賊刀が出なくて今回はラッキーだったな。これが出てたら強制帰還ものだった。
金にはなるが、荷物にもなるからな。とりあえず久々一回目のオークチーフ討伐は問題なく終わった。レベルも上がらなかったが、欲しいものは大体手に入った。後はスキルスクロールが何が出たかを確認すればいいだろうが、それは荷物が一杯になってもう何もできなくなって帰る時でも良いだろう。肉塊をビニール袋にしまい込むと、引き続きオーク狩りを再開する。
中ボス部屋前からレッドキャップ地帯までの間をグルグルと回りながら、オークを倒しては魔石と肉と睾丸を集めていく。睾丸はこの専用ダンジョンでも滅多に出るものではないが、一個一万円という中々の収入源になる。
三十分に一回湧き直すんだから、十五分で行って帰って来ればいいわけだな。大体そのぐらいのペースでぐるりと回ってこれるし、オークチーフ周回は割と楽かもしれない。
ぐるりと一周してきて、時間を確認して三十分ほど経ったところで中を覗くと、オークチーフが復活していたのでもう一度チャレンジ。今回は威圧の張り合いとか無駄な要素は取っ払って、最速最短の勝負に持ち込むことにしよう。
「グモオオォォォォ! 」
いつもの変わりない威圧の咆哮を素通りして、全力で駆けよると山賊刀ごと腕を切り落とす。威圧も効かず、それどころかあっという間に腕を切り落とされてしまったオークチーフが「……え? 」みたいな感じで戸惑っている。その間に脳天に山賊刀を突き立て、そのまま首を斬り落とす。頭部を綺麗に切り取られたオークチーフがそのまま膝をつき、地面に倒れ、そして頭から黒い霧が噴出して消えていく。
今回のドロップは……魔石! 肉塊! 以上! どうやらスキルスクロールは今回はなしらしい。次の三十分後に期待だな。しかし、肉がそこそこいい感じに溜まってきた。次の一回が終わったら一度冷凍しに戻ることにするか。
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