第16話 元魔師と転魔師

元魔師と転魔師、ヨハスおじさんが寝物語に話してくれたので知っていたけれど、どちらも会ったことがなかったので、正直に言うとその時は実感がなかった。

『この世界に生きている全てのものに、守護神を通じて力を授けられているんだよ。人だけではなくて、本当に全てのものだよ。ただ、普通の人はその事に気づくこと無く生命を終える。でも、たまにその力にある日突然気づいてしまう人がいる、それが転魔師。気づき方は色々らしいけれど、何らかの修行を積んでいた人が多いね』

そんなヨハスおじさんは転魔師だった。元神官で、病であっさり亡くなっていく人達を看取っているうちに、自分の無力さに絶望して、神官を辞め、山にこもり、薬草の研究に打ち込んだ。ある日、自分が作る薬草茶が他で買ったものより効くと言われ、喜ばれた。たくさん薬を買えない貧しい人達にとって、少量で効く薬は有りがたいものだったから。でも、ヨハスおじさんの薬草の薬効を引き出す力は、その代償に自分の命を削るものだった。自分の寿命が尽きるまで、そう長くないと感じたヨハスおじさんは、港町の友人カイユさんに言われていたことを思い出し、初めて弟子を育てようと思った。大きな街に入る度に、人市場を回り、あたしを拾ってくれた。


『元魔師は、生まれながらに力を持っているんだ。普通の両親から突然生まれるので、これといった決まりはない。ゆっくりと成長し、長く生きる。使っても力は尽きないし、不思議な能力を持っているんだよ』

そんな人いないよって思っていた人が、目の前に居て、お茶を飲んでいる・・・。

「俺は今、七十八才だ。だから、老人の姿は、年齢に合ったものだよ。この姿の時には二十八才と言っている」

つまり、フィーロ様とあたしは六十才年齢差があるということで、おじいさんと孫?だから、あたしの年齢を聞いた時、あんな反応だったのか・・・。

「フィーロ様の能力って、何なんですか?」

「簡単に言えば、こうやって姿を変えられる事だ。状況によって姿を変えられれば、色々調べやすいしな。まあ、他の力の事は、そのうち教えてやるよ」

「そうだ!冬になるとご自宅へ戻られるお母様と叔父様って、実のお母様と叔父様なのですか?」

「ああ、俺を生んだ実母とその弟だよ。父は、五十年くらい前に死んだが、あの二人は百五十年は、生きているからなぁ・・・」

普通の人は、六十年くらいで寿命が尽きるというのに、百五十年っていったいどんな人達なんだろう・・・。血のつながりは関係ないはずなのに、一家三人が元魔師・・・、ちょっと不安になってきた、先に聞いていたら引き受けなかったかも・・・。

「セシアにバレないでやっていけるかも、なんて思っていたけれど、やっぱり無理だったなぁ。早いうちにバレて、なんだかスッキリしたぜ。そう言うわけで、よろしく頼むな」

「はぁ、頑張ります」

晴れ晴れとした顔のフィーロ様と反対に、ちょっと憂鬱になってきた、あたし。どうしよう・・・。


あたしに元魔師であり、変身することがバレてしまったフィーロ様は、前よりも好き勝手をし始めた。宿の人には事前に「祖父が来るかもしれない」と伝えてあったらしく、老人のフィーロ様がうろうろしていても、大丈夫だった。夜遅く帰るくらい忙しいはずなのに、街で買い物をするあたしに老人の姿でついてきた。これが本当に面倒くさい事になってしまった。街を歩いていると、上等な服を着ている人やお供を連れているような人に呼び止められる。

「おお、老師様、この様なところでお会いできるとは・・・、お元気でしたか?」

「久しぶりですなぁ、お変わり無いか?」

「おかげさまで、皆元気にしております」

「それは、良かった。奥方にもよろしくお伝えくだされ」

「ありがとうございます。ところで、こちらの方は?」

老師様ことフィーロ様に、背中を押されるので、出来るだけ優雅に一礼。

「孫息子の嫁です。薬師の修行をしておりますので、私の事を心配して、付いてきてくれているのですよ」

「ほう、女性の薬師とは珍しい」

まあ、こんな感じのやり取りが、繰り返されているので、意味が無い笑顔をすぐに作れるようになった。


フィーロ様は、お金持ち。それは、良く分かっていたけれど、女性物の店に入って、あたしが「いいな」って言ったものや、手にとって見ていたものとか、次々と買おうとする。買っても着ることがないような華麗なドレスや大きな宝石が付いたアクセサリーは、必死で止めたけれど、自分で持って帰れないくらいになってしまって、宿に届けてくれるように頼んだ。

「老師様、買い物に付き合っていただいて、ありがとうございました。お疲れになりませんでしたか?」

「いいや、女性と買い物をするなど久しぶりだったから、とても楽しかったですよ。はっはっは」

「はぁ・・・、そうですか・・・」


宿に戻り、部屋の鍵を開けて中に入ると、箱の山が積まれていた。

「どうしたんだい?セシア」

「あの、すごい量の荷物が積んであるのですが、間違いで届いてしまったようです」

だって、あたしが選んだ物は、フィーロ様が着ているような冬用のフード付きマントとブーツ、お出掛け用のちょっと上等なドレスとそれに合わせた一揃えだったのに、その倍の箱が積んである。

「老師さまも、何かお買いになられたのですか?」

「ああ、買ったよ。中へ入って、開けてみよう」

一番上の箱を開けると、ふわふわの薄い生地が溢れ出た。薄い青色の生地が何枚も重ねられ、フリルとレースが春の海の様なドレス。胸元には、小さな宝石がならんでいる。

「老師様、これ・・・」

「他のも開けてみろよ」

いつの間にか赤毛の若い姿に戻っていたフィーロ様は、青いドレスの箱をどかして、次の箱を開けた。中には、しっとりとした光沢のある青い生地のマント、毛皮の縁取りが付いている。次の箱には、ドレスに合わせた靴、バッグ、下着類と小さな箱。

「フィーロ様・・・、これは・・・」

「ダメだよ。返品はしないからな」

「でも、これは・・・」

「ドレスは、店の姉ちゃん達に任せたけれど、それは、俺が選んだ。気に入ったか?」

港町で、コラレスさんがあたしの瞳の色に似ていると言ってくれた、エッセンシアという宝石は、青と緑が混じりあった美しさが人気なのに、産出量が少なくて、とても貴重で高価、<王様の宝石>と呼ばれている。そのエッセンシアの首飾りが、あたしの手の中の箱に、収まっている。

「注文してもなかなか入らないらしいんだけれど、今王子の見合いのために、王族が招かれて来ているだろう。夜会がたくさん開かれているから、エッセンシアも王都に集まって来ているらしい。もっと大きな石もあったけれど、この花の細工が気に入ったから、これにした」

フィーロ様は、箱から首飾りを取り出すと留め金を外して、あたしの首に着けた。小さな石が五個、花びらの形に並んでいる。

「やっぱり、お前にはエッセンシアが合うな」

「こ、これは、高価過ぎます」

「値段の問題じゃない。似合うか似合わないかのほうが、大事だ」

眉間にシワを寄せて、あたしをにらみつけているフィーロ様。この表情になったら、何を言っても考えを変えないのは、短い付き合いだけれど、良く分かってきた。

「はぁ・・・、それでフィーロ様、このドレスはどうするのですか?山の中で着ることなんて、無いですよね」

「ああ、明日の夜、王族が開く夜会があるから、そこで着るんだよ」

「はい?」

「言ってなかったか?明日、第二王女が開く夜会があるんだよ。王女のわりに、気さくなやつだから、毎年出ているんだよ。支度を手伝ってくれるように、宿に頼んであるから、心配するな」

「・・・・・」

「夜会に出たら、王都での用事が終わるから、出発するぞ」

「・・・・・」

「とにかく、試着してみろよ。合わないところがあったら、店の姉ちゃんが直しに来てくれるから」

何も言えないでいるうちに、買い物の箱と一緒に部屋へ押し込まれていた。

「はぁ・・・、フィーロ様とやっていくには、諦めるしかないのか・・・」

箱から溢れている薄い青色のドレスを寝台の上に広げる。夜会服としては控えめな、横にあいた襟元には、繊細な刺繍と青い宝石が並ぶ。胸元にあてて立ち上がると、スカートがふんわりと広がった。身体を揺らすとゆらゆらと薄い生地が波打つ。一緒に入っていた下着の繊細なレースに触れる。なぜか目元が熱くなり、涙が溢れた。あたし、本当はこういうのが欲しかったし、着たかったんだ・・・。






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