Rd.10 ピットトーク・ラプソディ



フィネス艦隊の…とある場所。


機体の回線を通り、一箇所に集まったマシンAIたちは

まるでBARのような空間で腰を下ろし、飲み物を片手に談笑していた。

今回はルートの好みで作られた仮想空間。低く流れるジャズが、

ほの暗い照明と相まって大人びた雰囲気を漂わせていた。


「ルートも大変だったねー。ヨウスケはもう大丈夫なの?」

ルゥが心配そうに口を開く。


「ええ。久々に暴走したけど、命に別状はなかったみたい。開幕戦にも出られたしね」

ルートはカルアミルクを一口、わざとらしく落ち着いた調子で言った。


「ほらね!やっぱり安心してる!ルート姉様って顔に出やすいんだから~♪」

「……隠してるつもりなんだけど。ま、助けに来なかったら取り返しのつかないことになってたわね。今回は感謝してあげる」


ルゥは嬉しそうにクリームソーダをスプーンでかき混ぜた。


「ねぇ、それより……まだアカリのこと嫌いなの?どうして?」

「……子供みたいな質問ね。理由を語る価値があるとでも思う?」

「でも!アカリは絶対すごいパートナーになるよ!」


「すごい? 笑わせないで。あの程度で“相棒”だなんて片腹痛いわ」


「ルート、いい加減認めなさいよ。アカリはあなたに相応しい相手だわ」

コーサが割って入る。


「“相応しい”? 私に? あの未熟者が? ――コーサ、冗談を言うならもっとマシなのを選びなさい」

ルートはグラスを揺らし、冷ややかに目を細める。


「また始まった、ルートの意地っ張り。実力は認めてるくせに~」

「実力? ……及第点ギリギリで“実力者”を名乗るなんて、滑稽ね」


「レイラはどう思う?」

急に振られ、ハイドウのマシンAIのレイラは

ホットハニーミルクを抱え込んだまま、おずおずと答える。


「ぼ、僕は……やっぱり、パイロットとマシンAIは仲良くしてる方が……いいと思う、かな」


「レイラ……交戦中のあなたの機体の動き、普通じゃなかったわ。ハイドウが裏で何かしてるんじゃないの?」

ルートは探るような声色で問いかける。

「僕には分からない。でも、ハイドウが何かしてるのは確かだと思う。でも……僕はそれを止めたくない…かな」

「ほら~。レイラはやっぱりハイドウ大好きなんだもん♪」

ルゥが軽く茶化し、張り詰めかけた空気をほぐす。

「愛着ね……。でも、それが強すぎれば判断を狂わせる。レイラ、あなたは自分を危険に晒す覚悟で彼を選ぶつもり?」

ルートは声を低くした。


「……うん。たとえ僕が壊れても、ハイドウと一緒にいたい」

「おやおや。そこまで言い切れるAIも珍しい」コーサが肩を竦めるように笑った。


「ねぇ、ルートだって本当はそうなんじゃないの?ヨウスケのこと」

ルゥが屈託なく言うと、ルートはわずかに目を伏せる。


「……私は、ただ結果を見極めているだけ。情なんて足枷よ」

「嘘~。その口調、ちょっと震えてる」

「黙りなさい」


ルートが低く睨みつけると、ルゥは舌を出してごまかした。


BARには再び、静かなジャズが流れ込んでいく。

それぞれの“相棒”を胸に抱えながら――

彼女らは束の間の休息を楽しんでいた。


「あれ?あのこ…」

ルゥが隅っこにマシンAIを見つけた。

カフェオレカラーの髪の少女が物思いに耽っている。

「いつのまにここに居たのかしら?」

不思議そうなコーサを他所にルゥは

「私行ってくる!」と、その少女へ駆けて行った。


「…モカちゃんっ!」

「ひやわぁっ…なんだルゥちゃんかぁ…」

後ろから抱きつかれびっくりしたマシンAI・モカは

ルゥだと分かると安堵した表情を浮かべた。

「どうしたの?元気ないね?」

「うん…私のパイロットがね最近調子悪いみたいなの…」

「モカちゃんのパイロットってお兄ちゃんが開発パイロットしてるっていう?弟さんだっけ?」

「うん、そうなんだけど…」

「戦闘中に突然具合が悪くなったり何か呟いていたりするの…」

「この子も戦闘中、一緒に居るんだけど…この子のお陰で落ち着くみたい」

そう言うモカの手のひらからひょこっと可愛らしい

白い小さなモコモコした小動物が現れた。

「おいで…」と、ルゥが手を伸ばすと、

ルゥの手のひらにピョコッと飛び乗るや腕を伝い、

頭に乗ったり肩に移動したりした。

「可愛い〜!この子の私達と同じAI?」

「ううん。パイロットのお兄さんから貰った小型武器なんだって」

試作品だから貰ったみたい。と、モカ。

「可愛いから仮想空間に連れてきちゃった」


「…モカ、呟いてる…って、聖痕がどうのって言ってない?」

モカの話が気になったのかルートも来ていた。

「…?どうしてそれをルートさんが知ってるの?」

「実はね…」ルートは軽くため息をつき、グラスをテーブルに置く。

「私のパイロットも同じ事を言っていて…それに…あなたのパイロットのこと、少しだけ知ってるの」

「え……?」

モカの瞳が一瞬、大きく見開かれた。

「私も気になってモカの機体の戦闘ログは少しばかりチェックしていたから…」

ルートの声は柔らかいが、確信に満ちていた。

モカは少し顔を赤らめる。

「そ、そうなんですか……私、こんな小さなAIで何も出来なくて……」

「小さなAIって?あの子のパイロットにとって、あなたはすごく大事な存在でしょう?」

ルートは微かに微笑む。

「戦闘中も冷静に彼を支えていた。だから……あなたのことも自然と気になったのよ」

モカは胸の中で小さく小動物を抱き締める。

「……そう言ってもらえると、少し安心します」

ルートはグラスを置き、視線を少し落とす。

「それとね……ちょっと気になることがあるの」

「気になること……?」モカの手がわずかに震えた。

ルートは静かに声を低める。

「……あなたのパイロット、戦闘中に呟いたことがあるでしょ?“聖痕”のこと」

モカの小動物がルゥの頭からぴょこんと跳ね、モカの肩に移動する。

「……えっ、どうしてそれを……」

「分かるのよ。声のリズム、呼吸の間合い……戦闘中の小さな変化も見逃さなかった」

ルートの瞳には、優しさの奥にわずかな鋭さが宿る。

「聖痕って…ルートさん一体何なんですか?私にはわからなくて…」

「私もよ…ただ、何かしら脅威なのは分かる。パイロットも私達にも…」

「わ、私っ暴走が怖くて…何も出来ないし、助けられなくって…」

「私達AIはあくまでサポートするのが仕事。私も助けたいけどどうする事も出来ない」

でもっ!と、ルゥが「その時は、私達がルート姉様もモカも助けるから!ね!」

心配しないで!そうモカに笑顔で答えた。」

ルートの言葉に少しだけ安心したモカは、小動物を抱きしめながら息を整える。

「……じゃあ、私、一人で抱え込まなくていいんですね」

ルゥがニコッと笑い、肩を軽く叩いた。

「もちろん!その時は私たちが助けるから、モカちゃんも安心して♪」

モカは小さく頷き、小動物も安心したようにぴょこんと肩に座る。

「……ありがとうございます、ルートさん、ルゥさん」

モカは小動物を胸に抱きしめたまま、小さく息を吐く。

ルートも頷き、グラスを置いた。

「……大丈夫よ。あなたはもう彼を支えている。それで十分価値があるの」

張り詰めていた空気が、少しずつ柔らかく解けていく。

「さ、飲み直そっか」ルゥが手を差し伸べた。

「こっちで一緒にクリームソーダ飲もう!」

モカはためらいながらも、その手を取った。小動物がぴょこんと肩に飛び乗る。

そういえば先程飲んでいたクリームソーダを飲んだ回数が気になったルートがルゥに問う。

「ルゥ、ところであなたの飲んでるクリームソーダ…飲み過ぎじゃない?」

「えーっと…5杯目だったっけ?」

「8よ。本当そんなに飲んでよく飽きないわね…」

「ルート姉様が作った空間で飲むクリームソーダが美味しくって…つい♪」

モカも小動物を抱え、ルゥの後に続く。

ルートは少し距離を置きつつ、優しい目で二人を見守った。


BARの空間には、再び低いジャズが流れる。

静かに交わされる笑い声と、グラスが触れ合う軽やかな音。

緊張が解けた三人の間に、ほのかな温かさが広がった。

ルゥは新しくやって来たクリームソーダを見つめ、

浮かんでいるバニラアイスをすくって口に含む。

「やっぱりルート姉様の作った空間で飲むクリームソーダ、美味しすぎっ♪」

ルートはニコニコ笑顔のルゥを微かに微笑み、カランと氷の音を立てた。

その音が、なんだか笑い声のようにも聞こえた。


三人――モカ、ルゥ、そしてルート。

束の間の休息と、互いを気遣う穏やかな時間が、静かに流れていった。




*******



「…あれからやっぱり考えたんだけどさ、お前との来シーズンのコンビはやめとく」

チハヤに呼ばれて来たセト・ユウヤは、そう告げた。

「やっぱり、今の機体がしっくりくるんだよな。今のマシンAIとも気が合うし」

「ふーん、気が合うのか…」

チハヤは軽く口を尖らせ笑って肩をすくめた。

「気が合うって言葉、ちょっと嫉妬しちゃうな。俺とは全然ダメだったってことか」

ユウヤは慌てて手を振る。

「いや、そういう意味じゃないって。ただ…今のは自分にしっくり来てるんだ」

「はいはい、言い訳ご苦労さん」

茶化すように言いながらも、チハヤはくすりと笑い、ほんの一瞬だけ視線を落とす。

その瞳に浮かんだ色は、冗談に隠したわずかな寂しさだった。

「まぁ、ワシトミさんから譲り受けた機体だし…仕方ないか」

チハヤは首を傾げつつ、少し楽しげに目を細める。

「ワシトミさんの愛弟子にそう言われると、なんか嬉しいなぁ」

「ちょっと、愛弟子って言うなよ」

ユウヤは照れくさそうに笑いながらも、どこか誇らしげだ。

「じゃあ、気が向いたら教えてよ。俺はいつでも歓迎するからさ」

「期待してる顔、見せるんじゃねぇぞ」

「見せてるのは顔じゃなくて心の中だけ…って、バレてるか」

チハヤは軽く肩をすくめた。

「…まぁ、こういう距離感も悪くないかもね。ちょっと退屈してたところだし」

ユウヤは笑いながら、チハヤの肩を軽く叩く。


(やはり一筋縄では行かない…か)


チハヤは思わず顔をそむけ、背中に小さな熱を感じながらそう思っていた。

ワシトミに一番近いユウヤが自分の側にいれば、

何かしらテラダの…コンティナーの情報が得られると思っていたからだ。

ワシトミはテラダのチームメイトのイナガキと組んで…何かを知っている。

イナガキも情報操作でハイドウが裏でマキタとやり取りして表沙汰になりかけたのを

阻止するよう指示したのもワシトミなのは治安部隊の情報から知っている。

ユウヤが仲間になれば…と思っていたが淡い期待に終わってしまった。


(まぁ、そう簡単に美味しい展開にはならない…か)


が、それも悪くない。


チハヤは小さく息を吐きユウヤの背中が視界から消えても、

チハヤの口元にはわずかな笑みが残っていた。

あれほど素直で、ワシトミの影響を色濃く受けている人間が、

いずれ自分にとって格好の「隙」になる――そう確信していたからだ。


(信頼と誇りを背負う者ほど、最後には揺らぎやすい…)


だが今はまだ時期ではない。

正面から手を伸ばせば拒絶される、今日のように。

ならば次は、横から少しずつ崩していけばいい。


イナガキ、マキタ、そして治安部隊すら動かしていたワシトミの影。

その網の目の中で、ユウヤを孤立させる状況を作れば――

きっと自分の差し伸べる手を、彼は取らざるを得なくなる。


「…まずは、アレから崩すか」


低く呟いた声には、先ほどまでの柔らかさは一切なかった。

楽しげな仮面の下で冷徹に組み上げられていく計画――

それは次の作戦の合図でもあった。

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