Rd.5 星屑スプリント
残光が静かに揺れ、ルートの機体は新たな覚悟を秘めて眠る。
そして、宇宙の彼方で光と音を放った存在――その正体は、
まだ誰の手にも触れられていないままだった。
戦場の混乱が静まった後ミナモは自機の機体を安全圏まで誘導し、
艦隊の格納庫付近を確認していた。ふと、
「……あれ、何かいる……?」
ミナモは視線を向ける。
格納庫の隅、光と影が入り混じる中に、一人の少女が倒れていた。
ただ小さく丸まって横たわっているだけ。
「……動かない?」
ミナモは息を詰め、ゆっくりと近づく。
手を伸ばすと、かすかに呼吸の気配が伝わる。
「大丈夫か?しっかりしろ!」
その瞬間、少女の瞼がゆっくりと動き、目が開いた。
瞳孔は星明かりのように輝き、紫の光を宿す。
呼吸とともに微かに体が震え、空間の微細な振動に反応する。
「……ここ……どこ……?」
弱々しくも、少女の声が格納庫に響く。
その声に合わせるように、格納庫内の照明がかすかに瞬き、低く響く音が再び流れた。
反応する少女の体から、微かなオーラのような光が周囲に広がる。
格納庫の静寂は、紫の光に染められ星々の祝福のように粒子が舞っていた。
「……これ……戦いの時に見た……」
ミナモは目を見開き、驚きの色を浮かべた。
(……これは……ただの人間じゃない?)
この光景に驚き少女を見た。
少女はまだ弱々しく動くこともままならないが、戦場を震わせた光の痕跡が宿っている。
少女は薄く目を開いたまま、呼吸を整えようと苦しげに胸を上下させていた。
ミナモはそっと肩を支え、声をかける。
「大丈夫?無理に喋らなくていいから……」
姫は震える唇で、かすれた声を返す。
「……わたし……どうして……ここに……」
その問いに答える前に、彼女の瞳がふと遠くを見るように揺れた。
紫の輝きが強まり、格納庫の空気がざわつく。
工具箱やモニターが微かに振動し、空調の流れが乱れた。
「っ……!?」
ミナモは少女から離れ一歩下がる。
少女の身体から、目に見えない波動が広がっていた。
「……いや……また……来る……!」
少女の声は怯えにも似ていたがその瞬間、格納庫全体に低く唸るような音が響いた。
まるで遠い戦場の残響がここまで届いたかのように。
「……これって、戦場で小型級を止めた……あの力……?」
ミナモの呟きに少女の目から涙が零れる。
「いや……違うの……わたし……こんな力……欲しくなんて……!」
感情の乱れと共に、格納庫の照明が一斉に明滅した。
ミナモは咄嗟に少女の手を握る。
「大丈夫!俺がいる!君は一人じゃない!」
すると不思議なことに、光の揺らぎが静かに収まり
格納庫を覆っていた圧迫感が薄れていった。
紫の輝きも弱まり、少女はぐったりとミナモの腕の中で力を失い、
格納庫に再び静寂が訪れる。
耳ではなく、心臓の鼓動に重なるように聞こえた
(……たすけて……)
(……あなた……なら……)
光が弾けた。
その瞬間、少女の光が一気に収束し、粒子がミナモの胸へと吸い込まれていく。
姿はまるで星屑のように砕け、眩い白光がミナモを包み
少女の胸元から淡い粒子が舞い上がる。
それはまるで格納庫に星屑が降り注いだようだった。
夜空の星屑が集まるようにミナモの胸へと吸い込まれ少女が消える瞬間 、
抱きしめようとした手の中で、夜空に還るように粒子となった。
「……っ!」
視界が白に塗り潰され、光は少女と共にミナモの胸へと沈み、
そこに“二つの鼓動”を刻んだ。ミナモが気が付いた時には少女の姿が消えていた。
残されたのは酷く脈打つ自分の心臓と、体の奥底に“もう一つの気配”が眠っている感覚。
「……誰か……いる……?」
掠れる声を漏らすミナモ。
だが返事はなく、胸の奥に灯がともり、消えることのない温もりが宿っていた。
「格納庫で一体何が――ミナモ?」
格納庫の不変にキョウスケが走ってやってきた。
「キョウスケ…俺、変なんだ」
「変って…戦闘のショックか?大丈夫。日に日に慣れるよあんなの」
「違う。格納庫で一人倒れていた子が居て姿を消したんだ。そして…俺の中に入った」
「…本気で言ってるのか?」
「信じてもらえないかもしれない。でも…俺の胸の奥に、誰かが眠ってるのが分かるんだ。声も聞いたんだ」
「…本当にショックが強すぎたんだな。医務室行くか?」
「俺でも急すぎて良くわかんないんだ…――っ!」
胸の違和感を感じ、ミナモが自分の胸元を掴むや…胸が淡く光り始めていた。
その様子にキョウスケの目が鋭く細まる。
ミナモが冗談ではないことを直感で悟ったのだ。
ミナモの胸の奥で、微かに光を放っていた存在――
その光がゆっくりと膨らみ、柔らかな風のような気配と共に実体を帯びた。
「…は、はじめまして…」
かすれた声が、格納庫に響く。
目を開いた少女は、淡い紫の光を纏った姿にミナモとキョウスケは息を呑む。
「君…は……?」
風も音もない艦内の静寂に、二人の呼吸だけが響く。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私の名はエリュシア・ディスティナリア」
「ノクティリア星の第一王女です」
「つまり…お姫…様って事?」
二人は驚き後ずさりするも姫は慌てて訂正する。
「そんな畏まらないで。ここは私の星ではないんですから…」
「えっと、エリュ…」
「ルシアで大丈夫です。」
名前に困ったミナモにエリュシア――ルシアが答える。
「じゃあルシア、君はどうしてここに?」
「簡潔に言うと私は星から逃げて来ました…」
「私の星、ノクティリアはここから遥か遠い場所にある、こちらの星と似ている…と思います」
「以前まで星の生命体は平等に暮らしておりました。でも生まれ持った私の力は制御できない…あまりに強すぎて一つの星の姿さえ、変えてしまうほどに……。
だから…反勢力はその力を欲しがった。わたしを兵器として使おうと…」
「反勢力…って襲ってきたあの敵の事?」
ミナモが問うもルシアが頷く。
「そうです…王家はそれを拒み、わたしを隠し逃がしてくれたのです……」
「でもどうやってここの艦隊に来たの?」
「私たちノクティリア星の者は自分の波動を物質化して動かす事が出来るのです」
そして気が付いたらミナモの中に…と、ルシアはミナモを見た。
「けど、どうしてミナモの身体の中に入れたんだ?」
キョウスケは不思議に思ったがルシアも同じ様で。
「私もノクティリア人が身体に憑依出来るなんて聞いたことがなく…もしかしたら同じ星の物質に反応したのかもしれません」
「ノクティリアと同じ物質?」
ミナモが問うもルシアは頷く。
「私もノクティリア人が身体に憑依出来るなんて聞いたことがなくて…ただ、古い記録に“神々の力を吸い取る石”を巡る争いがあったと読んだことがあります。でもそんなもの、今は存在しないはずで…」
ルシアの戸惑いに、キョウスケがはっと顔を上げた。
「――ステラコア!それじゃないか!?」
「ステラコア?」ルシアが瞬きをする。
「機体を操縦する時に使う結晶だ。俺たちの体に埋め込まれてて、外には見せられないけど…」
「確か倒した敵から出てきた結晶だったよね」とミナモが続ける。
ルシアは小さく息を呑み、頷いた。
「それが確かなら説明がつきます。ミナモの中に入った時、凄く安心出来たんです。無意識に惹かれて入ってしまって……本当に申し訳ありませんでした」
ルシアは言葉を切り、胸に手を当てる。
そして決意を込め、二人をまっすぐ見据えた。
「……けれど、安心に浸っている時間はもうありません。
反勢力は私を兵器として利用するために動き続けています。
そして彼らは――“私が地球人に囚われている”と嘘を広めているのです」
キョウスケとミナモの表情が一瞬で固まった。
「その噂が真実として信じられれば、地球は加害者に仕立て上げられる。
ノクティリアをはじめ、周辺星域の軍勢が一斉に敵と見なすでしょう。
本当は関わりのない星が、戦火の中心にされてしまうのです……!」
ルシアの声は震えていたが、格納庫に張り詰める緊張は誰の耳にも明らかだった。
ルシアの声には迷いがなかった。静かな会話の空気が、一気に張りつめる。
「反勢力を止めて下さい!もし私が捕まれば、ノクティリアだけでなく――地球までもが攻撃対象になってしまうのです!」
ミナモは一瞬、息をのんだ。
でも、その目はすぐに決意で光った。
「……いいよ!俺たちで良ければ!」
笑顔で答えた瞬間、緊張の糸が一気に解ける。あまりにも即答すぎて、キョウスケは思わず突っ込む。
「…お前、即答過ぎない?」
「向こうは攻撃して来るんでしょ?だったら戦わなくちゃ!それにルシア困ってるし」
ミナモの目がルシアに向かう。
「ルシア、俺がいるから大丈夫。君の力、信じてる」
ルシアも微笑み返す。
「ありがとうございます、ミナモさん…一緒なら、きっと」
それはそうだけど…とキョウスケは肩をすくめる。
「答えはまだ無いけど、次の戦場で俺は逃げられない。怖いけど、やらなきゃって……」
(訳わかんねーよ…)
キョウスケは小さく息を吐き、ため息混じりに答えた。
「あーもう分かった分かった!覚悟決めるしかなさそうだし…とりあえず俺だけが知ってればいいんだな」
ミナモはこくりと頷く。
「みんなに知られたら……危険なことになる気がして」
「危険だな…だったら俺が抱えとくしかねぇか」
キョウスケは大きく肩をすくめ、苦笑する。
「ったく…スタート前から荷物背負わせやがって。いいよ、もう引き受けた!」
「改めて宜しく!俺はナンジョウ・ミナモ、こっちはオカモト・キョウスケ」
「宜しくな!ルシア姫っ!」
「ミナモさん、キョウスケさん…ありがとうございます!」
ミナモとキョウスケ、ルシアの間に小さく頷き合う瞬間、
三人の間に見えない絆が結ばれたような気がして。
その夜から、キョウスケだけがミナモの秘密を背負うことになった。
「でもさ」
「何?」
ミナモは少し困ったように眉をひそめる。
「…ルシアは、一緒に地球帰れるの?」
ルシアはきょとんと首を傾げる。
「えっ、私…連れて行ってもらえるんですか?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ…」
キョウスケが小さく苦笑する。
「だっていきなり仲間に加わってるし、地球じゃどんな扱いになるか分かんないし」
ミナモも苦笑混じりに肩をすくめる。
ルシアはにこっと笑った。
「なら、安心ですね。地球で迷子にならなくて済みますし!」
「迷子って…いや、戦ってたわけじゃなくて逃げてきたんだろ…」
三人は笑い、夜の格納庫に小さな余韻が響いた。
そして地球帰還後、待ち受けるのは――「開幕戦レース」。
ルシアの中に潜む力は、まだ目を覚ましていない。
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