カイルの口は災いのもと


「す、すいませんッ。やっぱり、あたしにはムリだと思いますニャ」


 ミアはテーブルに左右の掌をついて、深く頭を下げた。


 夕暮れ時の喫茶店はかなり混み合っていた。

 この店にとって書き入れ時らしく、ほぼ満席である。外のテラス席も埋まっていた。


 若い女性や年配者にまじって、冒険者らしき風貌の連中もちらほら。早めに仕事を終えて、一息ついている所なのだろう。


 店内、ほぼ中央の席に、カイルたち「隼の爪」の三人が座っていた。

 彼らと対面して座るのは、ミアという娘だ。

 こげ茶色の髪からは、ネコを思わす耳を生やしており、尻からは、長い尻尾が垂れ下がる。


 獣人族である彼女は、メリッサと同じくらい小柄で、華奢だ。が、ポーターとしての仕事は確かで、二年以上の実績があるらしい。


「て、いうか、俺たち『隼の爪』については、知っているんだなよな?」


 カイルに問い掛けられて、ミアはおずおずと頭を上げて答える。


「は、はい。うわさではかねがね……」

「俺たちは、もうすぐ銀級シルバーランクにも上がれる。そのパーティーの一員になれるんだぞ。悪い話ではないだろう?」

「はい、けど、その……」

「断るなら、理由を言えっ!」


 カイルは、右の掌でバンっとテーブルを叩く。その振動で、コップの水が激しく揺れる。

 ミアはびくっと肩を竦めてみせた。


 ダリヤは、ハアとため息を漏らす。

 カイルのその態度が、彼女が断りたい理由の一つだろうな。


「あ、あの、その……よくないうわさも耳にしていまして」


 ミアは耳をペタンと垂れ下げて、上目遣いでカイルの方を見ながら言う。


「よくないうわさ、だと?」

「は、はい」

「どんなだ?」

「あ、アイクさんをクビにしたって、本当ニャんですか?」

「だとしたら、何だ?」

「しかも、ギャラの一部が未払いとか……」

「ッ!」

「あたし、アイクさんには、以前、とてもお世話になったのです、ニャので……」

「つーか、その話、誰から聞いたんだ?」

「あ、あくまで、うわさですニャ」


 顔を強張らせて、ブルブルと首と手を激しく振ってみせるミア。


「あいつには、訳あって辞めてもらった」

「な、なぜ?」

「使えねえからに決まってんだろ」

「あ、アイクさん務まらないのならば、あたしにはとても……」

「まて、何なら、もう少し条件をよくしてやっても構わない」

「と、とにかく、あたしにはムリですニャ。さようならー」


 ミアは素早く席を立ち、逃げる様な駆け足で店から出て行った。


「これで、三人目だねー」


 頬杖をつきながらメリッサはつぶやき、冷めきった紅茶に口をつける。


 この日、朝から、カイルたちは、新たなポーター候補者たちと立て続けに面会していた。


 一人目が、ガイという中年の大男。二人目は、ボルテという細マッチョの青年。いずれも、ダリヤが知人のツテを頼って紹介してもらった人物だ。

 どちらも、相手側から断られた。

 今のミアを含めて、三人とも、断る理由の一つにアイクの件を上げていた。


「つーか、なんでどいつも知ってやがるんだ?」


 カイルが眉根を寄せつつ、他の二人に訊く。ダリヤが問い返す。


「何が?」

「俺たちが、アイクにギャラを払っていない事についてだ」


 メリッサが、それに応じる。


「本人が、言いふらしたんじゃないのー?」

「チッ、あの野郎」


 これ見よがしに舌打ちするカイルに、ダリヤがため息混じりに言う。


「仮にそうだとしても、我々が怒るのは筋違いというやつだろう?」

「あ?」


 嘘でも吹聴されたのならともかく、事実なのだから、言いふらされても文句は言えない。


「まあ、アイクはそういった事をべらべらと他人にしゃべるような男ではないと思うがな」

「じゃあ、なぜだッ?」

「アイクにここでクビを告げた時、店内には我々以外にも客がいただろう?」


 恐らく、その中には冒険者もいた。そういった話は、業界内ではあっという間に広がるものだ。

 聞かれるのがまずい話を、他人の耳がある所で大きな声でする方が悪いのである。


「ていうか、アイクって、ポーターの人たちには結構、尊敬されてたんだねー」


 メリッサがそう言って、再び紅茶一口飲む。


「経験の浅いポーターには、色々と教えてあげていたみたいだからな」


 ダリヤがそう言うと、カイルが鼻で笑う。


「ハッ、ポーターなんて、カスみたいな無能なヤツがやる仕事だろ」


 今、この店内には、冒険者であると見受けられる客も結構いる。ポーター職をしている者も、含まれているかもしれない。


 て、いうか、斜め前の席に座る大柄の男、すごいしかめっ面でこちらを見ているぞ。


 カイルは、そんな事には気づく様子すらまるでなかった。


「カスに尊敬された所で、所詮はカスだッ!」


 店の中心で、彼は、外まで響き渡るくらい大きな声で言い放った。

 突き刺さる様な視線が、こちらへ浴びせられているのをビシビシと感じた。

 ダリヤは頭を抱えたくなる。


 我々は、この町の全ポーター職の者たちを敵に回してしまったかもしれない。

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