ご飯屋さんでカルチャーショック


 門を抜けた向こう側にあったのは、まさしくお伽噺に出てくる様な外国の街並みだった。


 煉瓦づくりの家々が立ち並び、石畳の道をガタゴトと馬車が走行している。

 通りを歩く人々が身につけるのは、西洋風の古めかしい服装である。


(久しぶりに、こんなにたくさんの人を見た)


 うれしさから、レイカは思わず涙が込み上げてきそうになる。

 こんなにも多くの人々の話し声を耳にするのも、すごく懐かしい事に思えた。


「俺はちょっと寄るべき場所がある。ここで待っていてくれるか?」


 アイクはそう言って、目の前にある二階建ての大きな建物へ入っていく。

 レイカは、その手前に佇んで待った。


 通り過ぎる人たちが、やたらとこちらをチラチラ見ている気がする。

 ものの五分くらいでアイクは建物から出てくる。

 レイカは、彼に問い掛けた。


「やっぱ、珍しいのかな?」

「ん?」

「私の顔とか、髪って」

「お前の様な見た目の人間は、他にもいる」


 確かに道行く人の中には、東洋人風の顔立ちや、黒い髪も少ないながら見掛ける。

 て、いうか、頭から犬みたいな耳を生やした人や、肌が緑色の人もいるんですけど。


「珍しいのは、その格好だろう」


 アイクはレイカを見やりながら、言った。


 他の人々の恰好は、古風なドレスや淡い色のチュニック風の衣類などだ。

 対するレイカが身に着けているのは、ピンク色のパーカーに、膝上のスカート。

 明らかに場違いで、人々から好奇の視線を浴びても仕方がないかもしれない。


「気になるなら、こいつを羽織っておけ」


 アイクは、自らのグレーの地味な外套をレイカに渡す。


「あ、ありがと」


 これを身に着けておけば、とりあえずこの町に溶け込む事が出来そうだった。


 アイクの後をついて歩いていると、やがて周囲からおいしそうな匂いが漂ってくる。

 飲食店が多く建ち並ぶ地域のようで、レイカの胃袋がそれに刺激される。

 そういや、昼から何にも食べていなかった。


 アイクが、レイカの内心を察したのかの様に問いかける。


「めしにするか?」

「……うん」


 アイクが向かったのは、人通りの多い通りにある定食屋らしきお店。見た感じから、庶民的な雰囲気である。

 かなりの人気店なのか、店先に十人ほどの列ができていた。

 おいしいものは、並んででも食べたいという心理は、こちらでも変わらないみたいである。


 アイクがふと、顔を顰める。

 彼の視線の先には、通りをこちらへ向けて歩いて来る、二人組の若い男らがいた。どちらも白いローブをまとっている。

 彼らはまるで行列が見えていないかのように、そのまま店内へ入ろうとした。


「おい、ちゃんと並べよ」


 列の一番前に並ぶ厳つそうな大柄の男が、彼らに向けて注意する。

 白いローブ姿の一人が、大男を振り向く。小柄で痩せており、いかにも非力そうである。

 が、大男は、彼を見て顔を強張らせ、萎縮する様に肩をすくめた。


「誰に向かって言っているんだ?」


 白いローブの小男は、威嚇するような口ぶりで言って、大男を睨みつける。


「す、すいません。お、お先にどうぞ……」


 大男は、気まずそうに頭を下げる。

 白いローブの二人組は、わが物顔で店へと入っていった。


 列に並ぶ他の人らも、苦々しげな顔こそしているものの、文句を言う者はいなかった。


(……何なの、あの人たち?)


 レイカが疑問に思っていると、アイクがそれに答えてくれた。


「白いローブのヤツらは、ヒーラーだ」

「ひーらー?」


 恐らく、治癒などを専門とする人たちだろう。何か、少しイメージと違うけど。


「何で、あんな偉そうなの?」

「この町では、彼らが属する『ヒーラー協会』が圧倒的な強い権力を握っている」

「なんで?」

「理由は色々だ。ヒーラー協会は、領主や有力な貴族などと深く繋がっているからな。ヤツらにさからうと、ロクな目に遭わない」

「へえ」


 レイカ達はちゃんと列の最後尾に並んで、少々待ってから入店する。


 メニューを見るも、まったく読めなかった。

 どうやら、スキルが翻訳してくれるのは話し言葉のみらしい。

 この店のおすすめだというスープを注文する。

 程なく、運ばれて来たそれは、けしてまずい訳ではなかった。

 けど、なんか……薄くてもの足りない。パンも味が素っ気なく、やたら堅かった。


「ねえ、塩とか胡椒ってないの?」


 そう言ってテーブルを見回すレイカに、アイクは眉根を寄せる。


「ある訳ないだろう」

「あっちの世界なら、大抵、置いてあるのに」

「は?」

「塩と胡椒くらい、それぞれのテーブルに」

「超高級店の話か?」

「ううん、普通のお店だよ」


 スプーンを持つ手を止めて、固まるアイク。声を潜めて、こう問う。


「その話、詳しく教えてもらおうか?」


 レイカには、アイクの目が『¥』になっているように見えた。

 まあ、この世界の通貨が「円」てことはないだろうけど。


 食事を終えて店から出ると、レイカはアイクに連れられて、ある建物へとやって来る。

 彼がいつも泊まっている宿らしい。空きが部屋あるので、レイカのために借りてくれた。


 ベッドとテーブルがひとつずつ置かれただけの殺風景な部屋である。


 もはや、身も心もクタクタなレイカは、倒れる様にベッドに寝転んだ。硬くて、お世辞にも寝心地が良いとは言えない。

 けど、久々に、身の危険も感じずに横になる事ができた。


 ゾンビが発生した時も、最初はそれが現実とはまるで思えなかった。

 今日、レイカの身に起きたのは、それ以上に非現実的な出来事の連続だった。


 これって、全部、本当なのかなあ……。


 そんな風に考えていると、自然と瞼が重たくなってきた。

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