5

 夜。風呂上がりで寝間着に着替えた玲央が、自室のベッドに転がっている。スマホに手をのばす気力もなく、枕を抱きしめたまま、虚空を見つめていた。


「疲れてんね、レオくん」

 天井から幽霊が生えてきた。ご丁寧にパジャマ姿である。玲央はツッコミを入れる気にもならず、無言を貫いた。ひがんは気にせずに、ベッドの横まで降りて来る。


「猫、か」

「猫の集団失踪事件。ねー、パパさんかママさんに話してみる?」

 玲央の独り言に、ひがんが重ねた。外と違って、ここには霊視能力を誤魔化す存在もいない。玲央も自由に話せる。


「…もう、動いてるみたいなんだ」

「ワオ、しごでき~、さすが国家権力」

 玲央の両親は、揃って生活安全課に所属する警察官だ。この町で暮らす人々の安全・安心を守る役目に就いている。


「んじゃ後はお巡りさんに任せておけばいっか」

「…」

「ヤなの?」

 あっけらかんと笑う幽霊に対し、少年の眼差しは暗く淀んだままだった。ひがんはあくまで、重くならないように会話を切り出す。


「母さんたちが話してた、やっぱり、中学校にも連絡しようって」


 機密事項とはいえ、どうしても家では警戒心も抜けるもの。ましてや伴侶も同じ職場の仲間となれば、なおさらだった。ついうっかりで話してしまった業務連絡が、思春期の心に擦り傷を残す。

 玲央は抱えた枕に顔を押し付け、やりきれない思いを閉じ込めた。


 いなくなった猫たち、密かに動き始める警察、裏付けになってしまった幽霊の証言。そして、疑われているのはおそらく、同じ学校の誰か。

「まだ特定されてないじゃん。クラスの子だったとしても、そんなに全員と仲良しだったっけ」

「仲良くないやつが犯人でも嫌だよ」

 ひがんの冷酷な発言に、玲央が逆らった。別にみんな仲良く!みんな友達!などと寒々しい思想は持ち合わせていないが。自分も含む見知った顔が警察に疑われているという事実だけで、どうにも気分が悪くなる。


 それでも現状、一個人としてこれ以上は何も出来ない。

 玲央の歯がゆい思いは、心に沈んでいった。



 ‐



 深夜。山の中には、小さな湖がひとつある。住宅街がある方角とは反対で、昼でも夜でも薄暗く人の気配がない場所だった。


「…」

 そこに一人の男子生徒が訪れた。名前は難藤なんどう智樹ともき。玲央のクラスメイトではあるが、誰とも仲良くはない。口数が少なく、陰気で、放課後になると誰よりも早く教室から逃げ出していた。


 智樹は懐中電灯を片手に辺りを見回して、誰も居ないことを確認する。もう反対の手には、不透明の黒いビニール袋を握りしめていた。冷気をまとい、表面に白い霜がついている。


「………遅れてゴメン、ゴメンね…」


 ブツブツとした早口で独り言をつぶやく。この場には智樹以外誰も居ないことを確認したばかりなのに、この少年の耳には何かが聞こえているらしかった。


 智樹は湖のほとりに近付くと、水際で膝をつく。懐中電灯を地面に転がして、両手でビニール袋を引きちぎった。

「へ、へへ、今日の、今日の差し入れ」

 彼は卑屈な笑みを浮かべながら、袋の中身を水底目掛けて放り込んだ。重なった藻や泥のせいで、深さもわからない湖の中、凍ったままの『差し入れ』は音もなく沈んでいく。


 一通り放り込むと、智樹は突然這いつくばり、地面に耳を押しあてた。少し間を置いてから飛び起きて、狂ったように笑いだす。

「…え、えひっ!ひひっひ!もうすぐだ!もうすぐ!」

 少年はゲラゲラ笑いながら跳ね回る。手足を不格好に曲げた、気味の悪い舞踏会だ。


 その振動で、水底の『差し入れ』が解けて崩れる。かつてノラと呼ばれた猫の柔らかい毛が、水中で揺れた。

 頭と胴体と尻尾をバラバラに切り刻まれた、数十匹分の猫の死骸が、月光さえ届かない場所に転がっている。

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