第三節 季節の終わり
庭に吹く風は、夏の名残をわずかに抱きながらも、どこか秋を思わせる冷ややかさを帯びるようになった。
かつて白く瑞々しい輝きを放っていた白百合の花々は、いまや花弁の端をわずかに茶色に染め、静かに首を垂れ始めている。ひとつの季節が確かに終わりへと向かっていることを、誰に告げるでもなく示している。
悠翔は足を止め、しばらく黙ったまま花を見つめた。
――あれほど鮮やかだったものが、こうして確実に色褪せていく。
その姿は、どうしても沙耶の最期と重なってしまう。時間は容赦なく人を置き去りにしてゆくのだ、と胸の奥で思い知らされる。
「……もう、長くは咲いていられませんね」
隣に立つ陽菜が、寂しげな微笑を浮かべて口を開いた。
「ええ……花の寿命は、思っているより短いものですね」
悠翔もまた、言葉を探しながら応じる。
陽菜は少し間を置き、ふと視線を落とした。
その手には、いつもの小さな薬袋。指先に力を込めるように握りしめながら、かすかな声で続ける。
「……私がここに来られるのも、あと数回かもしれません」
悠翔の胸がざわめいた。
「どうして……そんなことを?」
問いながら、声は震えていた。
陽菜はゆっくりと顔を上げ、白百合の群れを見つめる。
「少し疲れやすくて……それで薬をもらってるんです。心のほうを落ち着ける薬。……あの人を失ってから、どうしても夜が怖くて」
静かな告白だった。
風が花弁を揺らし、甘やかな香りがふたりのあいだに広がる。
悠翔は言葉を失った。自分と同じように、大切な人を喪っている――。
けれど彼女は、弱さをさらけ出しながらも、こうして花の前に立ち続けている。その姿に、胸が痛むと同時に、どこか救われる思いが芽生えた。
「……僕も、大切な人を失いました」
沈黙を破るように、悠翔は口を開いた。
声は小さく震えていたが、その震えの中に、確かな真実があった。
陽菜は驚いたように振り返り、そしてゆっくりと頷いた。
「だから……わかるんですね、この香りに、心を掴まれる理由」
互いの言葉は多くはなかった。けれど、胸の奥にしまい込んでいた痛みが、少しだけ外気に触れたような感覚があった。
枯れゆく白百合の香りが、過ぎ去りゆく季節の哀しみと重なって漂う。
――このままでは、幻のように関係が消えてしまうのではないか。
そんな予感を胸に抱きながらも、悠翔は陽菜の横顔から視線を外すことができなかった。
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