異世界辺境開拓日誌

第1話:ゲーム画面から王都へ

20XX年6月10日 茨城県、某市。

まだ昼間だと言うのに、学校にも行かず家にこもっている19歳、佐枝悠真はPCをいじっていた。

机の上にはちらかった参考書と受験に失敗した帝国大学のパンフレットといまの戸他玲大学のプリント。悠真はそれらに目もくれず、ディスプレイに集中していた。指先はコントローラーを自在に操り、画面のキャラクターを滑らかに動かす。


「よし、あと一撃でボス討伐……!」

モニターの中で、勇者の剣が魔物の鎧を貫く。画面の中の数字が弾け、ドロップアイテムの通知が現れた。レアアイテム。今夜こそ手に入れる瞬間だ。


悠真はひときわ強くコントローラーを握り、最後のボタンを押した。すると画面が眩い光を放ち、まるで太陽が部屋の中に落ちてきたかのような錯覚に襲われる。


「うわっ、まぶっ……」

目を閉じた瞬間、身体が宙に浮いたような感覚に包まれた。風も音もなく、ただ光と熱だけが悠真を取り巻く。


次に目を開けたとき、見慣れぬ豪華な天井が目に飛び込んできた。漆喰に描かれた精緻な紋章、壁にかかったタペストリーは金糸銀糸で煌びやかに光る。窓の外には、見渡す限りの中世風の街並み⋯


「……え、ここは……?」

思わず呟く悠真。自分の手を見ると、制服の袖口に銀色の紋章が光っている。戸他玲大学のものに似ているが、手触りは確かに自分のものではない。身体の感覚も違った。神経の感覚はそのままだが、筋肉の質感や関節の感覚が微妙に変わっている。


「君……佐枝悠真君だな?」

突然、声が響いた。振り向くと、中年の執事風の人物が立っている。


「え……?」

「君はヴァウケイン公国の貴族三男として、ここに転生したのだ」


悠真の頭は混乱で真っ白になった。

「転生……って、あの、ゲームの話じゃ……?」

「いや、現実だ。君の記憶はそのままに、この国の貴族三男の身体に宿った」


光った瞬間、机の上のゲーム機を思い出す。どうやら、あのゲームの“レアアイテム取得の瞬間”が異世界召喚の契機になったらしい。


「……ふざけんなよ」

思わず口に出した言葉が、虚空にこだまする。豪華な部屋の中、現実味のない状況が悠真の頭をぐるぐると駆け巡った。


執事は悠真の視線を受け止め、淡々と続ける。

「君は王都ミストラスでの騎士団入団を命じられる。ここでの訓練と任務を通じて、君の能力を試すのだ」


悠真はため息をつく。茨城の田園でぬくぬく過ごしていた自分とは違う世界だ。人との関わりも苦手な内向的性格が、騎士団でどう通用するのかも未知数だ。


「……まあ、やるしかないか」

心の奥で、わずかに冒険心がくすぐられる。ゲームの延長のように、未知の世界で自分の力を試せるかもしれない——理科の知識も、魔法文明の仕組み解析に活かせるかもしれない。


次の日、王都の広場に集められた三男たちの一団に悠真は加わった。

騎士団の制服は初めて袖を通すが、思った以上に身体に馴染む。運動神経の良さは自然に反応し、隊列訓練でも頭ひとつ抜けた動きを見せた。


しかし、人間関係で早くも壁にぶつかる。

騎士団にはコネや権力を持つ者たちがおり、悠真の内向的性格と地理感覚の欠如は即座に露呈する。


初任務で悠真は大きなミスを犯した。

王都外郭の巡回任務中、地図を読み間違えて別の通りに入り込み、敵の小隊に遭遇。反射的に単独で応戦し、敵を退けることには成功したが、命令違反と隊列乱しの責任を問われる。


「君、何を考えていた?」

上官の叱責が響く。悠真はただ俯くしかなかった。


その夜、王宮に呼ばれ、王から直接告げられる。


「佐枝悠真よ」

王の声は威厳に満ちているが、穏やかさもある。

「君には騎士団での初任務での不手際を見受けた。責任は重い」


「しかし、それだけでは終わらない。君には特殊な任務を任せる」


「特殊な任務……ですか?」

悠真の心臓は早鐘を打つ。


王は淡々と続ける。

「王都の安全や名誉とは直接関係のない地域で、君の能力を試す。君の判断力、行動力、そして知恵が求められる場所だ」


「……任務地の名前は?」

王は微笑み、静かに告げる。

「アルカナディアだ」


親たちには事前に伝えてある。心配そうに、しかし誇らしげに悠真を見守る両親——彼らは、悠真のことをただの自分たちの息子だと思っている。


玉座の間を出たあと、執事が淡々と告げる。

「準備が整い次第、君はアルカナディアへ向かうことになる」


まだ具体的な危険や地形の詳細は知らされていない。しかし、王の言葉の重みと、親の期待だけで、悠真は自分がこれから特別な道を歩むのだと理解していた。


窓の外に広がる王都の夜景を見下ろしながら、悠真は決意する。

「……絶対に、生き延びて、やり遂げる」


なお、執事がなぜ悠真の転生を知っているのか、何者なのかはまだ謎のまま——物語の柱として後々明かされることになる。

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