第二十話 小川のように、野原のように、眠るだけ   

 放送室の扉が、ゆっくりと開かれる。西垣先輩を先頭に、岬ちゃん、紬、私の順番で入っていくと、そこには、気持ちよさそうに寝息を立てている天使…じゃなかった、川野先輩がいた。

「ふふっ、やっぱり。」

西垣先輩の表情は、遊び疲れていつの間にか寝てしまった妹を慈しむそれだった。頭を撫でられた川野先輩は、なおもすやすやと眠っている。てえてえ…。

「癒されますね。」

「うん。」

「やっぱり、私の師匠に違いない。」

「え?」

紬の顔は、真面目そのものだった。

「師匠って?」

「ふっふっふっ。そりゃあもちろん、睡眠の師匠に決まってるじゃないか。」

「なんだそりゃ。」

思わず笑い合う。

「うーん…師匠はどこ…」

まるで意識があるかのように反応した川野先輩の寝息は、途切れていなかった。

「もしかしたら、皐月ちゃんにも師匠がいるのかもね。」

「ぜひ、お会いしたいです。」

「弟子だもんね。」

「私も弟子になります。」

らんらんと目を輝かせる紬と岬ちゃんに、西垣先輩が優しく微笑みかける。

「きっと喜ぶよ、ふふっ。」

先輩が喜ぶなら、私も弟子入りしようかな…。覚悟を決めて宣言しようとしたところで、チャイムが鳴り始めた。結局、夢日記って何のために書いてるんだろう…。私の素朴な疑問は、川野先輩の寝息と共に、少しだけ空いた窓の隙間に消えていく。

 私たちは、この会話が筒抜けになっているなんて知る由もなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る