第38話 付与魔法師、かつての仲間を倒す
それは僕たちが50階層攻略に向けて、密かに練習していた大技だ。
「ライラちゃん!」
「ユノ!」
ユノとライラがお互いに名前を呼び合い、アゼルを挟み込むようにして立つ。
アゼルは危険を察知したのか、すぐに防御姿勢を取る。
しかし、もう遅かった。
この体勢になってしまえば、アゼルはもう無数の斬撃から逃れられないのだから。
「「はああああああ!」」
ユノとライラの二人が雄叫びを上げ、十字架を描くように、アゼルに突進していく。
一閃──。
本来なら、二人同時にアゼルに一撃をくらわせるところだったが……。
「はっ! 舐めんじゃねえよ!!」
アゼルは器用に剣を扱い、二人の攻撃を防ぐ。
一見、四翼一閃は失敗に終わったかのように思えた。
だが。
「まだまだああああ!」
ユノが叫ぶ。
四翼一閃は終わらない。
一撃──二撃──アゼルの反対側に走り抜けたユノとライラが急転回し、何度もアゼルに攻撃を加えていく。
それは終わらない、斬撃の交響曲だ。
「うおおおお……っ!」
鳴り止まない斬撃に、徐々にアゼルの体に傷が付けられていく。
だが、ユノとライラも無事ではない。
稼働限界を超えた体が悲鳴を上げ、ここからでも二人の骨の軋む音が聞こえるよう。
「お二人の傷は……私が治します!」
セラフィナが手をかざし続ける。
無茶な動きをして、破損していくユノとライラの体──それをセラフィナが永遠に癒し続ける。
これが四翼一閃。
ユノとライラがタイミングを合わせ、十字架を何度も描くようにアゼルに攻撃を加える。
損耗していくユノとライラの体にセラフィナが治癒魔法をかけ続け、限界をも超えた斬撃の局地に、二人を誘う。
一つでも欠けてしまえば、容易に崩壊する大技──。
それを僕たちは体現した。
ユノとライラ、セラフィナの三人だけでは成り立たない。攻撃のタイミングを指示し、三人の体に付与魔法をかける僕も責任重大だ。
アゼルの体から血が舞い、見る見るうちに動きが鈍っていく。
本来なら、50階層の《階層ボス》を
人相手に使用してしまえば、その者がどのような末路を辿るか分からないが、もうそんなことを言っている場合じゃなかった。
今のアゼルは、人の姿をしている化け物。
彼をここで止めなければ、これからどれだけの被害を生むのか、分からないのだから。
「く、そおおおおお……っ! 俺がこんなところでえええええ!」
無数の斬撃にアゼルは為す術がなく、その端正な顔立ちが憎悪と痛みで歪んでいく。
やがて、最後の一撃がアゼルに放たれ、かつての仲間は地に伏したのだ──。
「はあっ、はあっ……やった」
辺りを見渡す。
あれほどいた魔物の群れも、今ではすっかり全滅している。
目の前には、地面に横たわるアゼルも。
無論、合同パーティーの冒険者たちも傷を負っていたが、セラフィナや他の治癒士が必死に傷を癒していく。
「オリヴァンさん、本当にありがとうございます」
「なに! 大した傷じゃない! 冒険者たる者、傷は勲章だ。それよりも、君が助かってよかった! はっはっは!」
オリヴァンさんも今では爽やかな笑顔を浮かべている。彼が言った通り命に別状はなく、立ち上がれこそしないものの、元気な姿を見せていた。
激しい戦いだった。怪我人も多い。
だけど──僕たちは勝ったのだ。
「終わった……ね」
「うん」
隣に立つユノに、僕はそう頷く。
肝心のアゼルだけど……なんとか、一命は取り留めたみたい。
殺すつもりで放った大技。あれだけの斬撃を浴びても、命を落とさないとは……いかに今のアゼルが頑丈なのかを、分からされるようだった。
「それにしても、こいつは一体なんだったんだ? 異常な強さだったぞ」
「さあ……」
ライラの問いに、僕は曖昧は返事をすることしか出来ない。
Sランクパーティー『ブラックファング』のリーダー、アゼル。
その実力はもちろん、折り紙つきだけど……僕がパーティーにいる頃は、ここまでの強さじゃなかった。
一体、彼の身になにがあったのか。そして、アゼルが纏っていた黒い光は……。
問い詰めたいところではあるが、アゼルの瞼は固く閉じられ、すぐに意識を取り戻しそうになかった。
「とにかく……怪我人の応急処置が終わったら、急いで迷宮を出よう。この先に聖域もあるはずだから……」
僕がそう指示を出そうとした──時だった。
「まだ……終わらせねえ」
ギリッ。
アゼルが地面を掴み、ゆっくりと顔を上げた。
「アゼル……目が覚めたのか」
辺り一帯が緊張で包まれる。
すぐにアゼルがこれ以上、動けるとも思えない。四翼一閃によって、彼が負った傷は甚大だ。こうして、声を絞り出すだけでも一杯一杯だろう。
だが、アゼルはその目に好戦的な光をぎらつかせて。
「これだけはやるな……って、
「……っ! みんな、すぐにアゼルを捕らえて! なにかをする──」
「もう遅い!」
一斉にみんながアゼルに殺到しようとすると、それよりも早く、彼は右手を高く掲げた。
目を覆わんばかりの黒い光が拡散し、辺りを包んでいく。
やがて……。
「てめえらの相手は、その災厄だ」
終局を迎えたはずの戦場──。
そこに、一体のドラゴンが顕現していた。
見上げんばかりの巨体。漆黒に覆われた鱗。
黒いドラゴンの顔がゆっくりとこちらを向き、僕たちを睥睨していた──。
「ひゃははははっ! 絶望しろ! そいつはネザードラゴン! 本来なら、ここの《階層ボス》だった魔物だ! 今のてめえらでは勝てねえよ!」
アゼルが獣じみた哄笑を響かせる。
皆は遅れて、アゼルを捕らえるが、もう遅い。アゼルからもう黒い光が発せられなくても、ネザードラゴンは消滅しなかった。
「ああ……」
一人の冒険者がネザードラゴンを見て、絶望の声を漏らす。
あれには勝てない──。
本能でそう思わされたのだろう。
みんなが呆然と立ち尽くしている間にも、ネザードラゴンはゆっくりと大口を開く。
「……っ! みんな、避けて! 【超強化】あああああ!」
即座に全体に付与魔法をかける。
ネザードラゴンから黒いブレスが発射される。
なんとか避けることが出来たが……今まで僕たちがいる位置に、大きな穴が穿った。
掠りでもすれば即死。
否応がなしに直感する。
本来なら、全員でかかるはずだった50階層の《階層ボス》。
しかし、今の僕たちはアゼルと魔物との戦いによって、大きく消耗している。
果たして、僕たちはこの災厄に打ち勝てるだろうか。
誰もが戦意を失い、ネザードラゴンに立ち向かおうとしなかった。
だが、そんな中で一人。
「わたしが囮になる! だから、みんなはその間に逃げて!」
声を張り上げ、ネザードラゴンの前に立ち塞がる少女が現れた。
ユノだ。
「ユ、ユノ!?」
「フィオルも……逃げて。ここはわたしが食い止める。みんなを守るのが、わたし──『暁の翼』のリーダーの役目だからさ」
と、顔だけを僕に向けて──ユノは寂しそうに笑った。
僕はこの笑顔を見たことがある。
幼い頃、故郷の村の外で魔物と遭遇した時だった。
あの時もユノは、もう僕と生きられないことを悟り──寂しく笑った。
せめて、最期は笑顔で終わりたいから。
いつも明るい、彼女らしい仕草だ。
だけど……僕は首を縦に振れない。
「……ユノ。言ったろ? 僕が君を守るって」
なけなしの勇気を振り絞り、ユノの肩を叩いて、彼女の前に躍り出る。
「フィ、フィオル? 一体なにを……」
「大丈夫。僕が一人でネザードラゴンを倒す。ユノとみんなは下がっておいて」
戸惑うユノを尻目に、僕は一瞬俯く。
……血が沸騰する。
急速に体が超高温に達し、脳が稼働限界を知らせる
ごめんなさい、師匠。
あなたの教えを、これから初めて破ります。
僕は顔を上げ、静かにこう唱える。
「
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