二封 支配欲に塗れた怪物。

「これで今日の授業は終わります。外暗いからな、夜道気を付けて帰れよ~」

 先生のその掛け声と共に、みんなが一斉に荷物を詰め込み、バッグを持ってぞろぞろ席を立った。

 疲れたねなんて言いよる友達と一緒に玄関へ。友達の親はもう玄関まで来ていて、楽しそうに頬に手をやりながらママ友と話していた。

 

「じゃあまたね!」

 

 「うんまたね」

 

 ママお腹空いた~。だらけながら歩く友達の背を見送り、街灯がうっすら照らす帰り道を、次は見やった。

 今はすっかり慣れてしまったこの薄暗い夜道は、今日も変わらず静寂をなして、黒く濃い霧に包まれている。街灯にあてられできる影の円は、まるで布を被せられた鳥籠。そこにいるのは、

 

 次見た明かりは、家の玄関のライトだった。見やすいように照らされた手元に、鍵をさしてひねる。ただいまの自分の声と同時に、鼻の中を透き通るいい匂いに誘われた。今日の夜ご飯の匂い。洗面台で手を洗って、リビングに荷物を置いて椅子に座った。

 

 「勉強の調子どう?」

 

「ぼちぼちかな」調味料をかけながらそう返す。

 

 「最近いい噂聞かないし、気を付けて帰ってきなさいよ?」

 

 洗い物片手にそう言いつける母に、大袈裟だななんて思っていた。平らげたらシンクにお皿とスプーンを水にサッとさらしておき、荷物を持ってお風呂に入るために、パジャマと下着をとりに階段を上り、自分の部屋に向かう。

 

 うざったいほどに長いこの黒髪は、なぜか短く切る気にはなれなかった。特にロングが好きという訳でもなく、ショートが嫌いでも、ボブが嫌いな訳でもなかった。本当になんとなく。強いて言うのであれば、特に切る理由がないから切っていないだけ。勿論美容室には行く。長さを腰辺りにしてもらって、毛量や枝毛を整える為に。髪も染めていないし、シャンプーは市販のだし、美容室に行く理由も、それくらいだった。おしゃれに頓着がないわけではないけれど、必要最低限あれば、それで良かった。そして今日も、この嫌ほど長い黒髪を、靡かせるために風呂に入る。

 

 髪を拭きながら脱水所を出ると、母は洗い物を終えて、テレビでニュースを見ていた。それを横目で見ながら、私は自分の部屋へと向かった。寝る前に少しだけ勉強しようとバッグを開けた時、があった。その時、夕方のことをやっと思い出した。

 

 ――蠢く赤い目を見つめ返し、有無を言わせぬ表情を。思い出した。

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