本気の喜び
全身から血が飛びながらもエルクリッドは崩れ落ちずに踏み留まり、幽体を固定され全身を刺し貫かれた事で倒されたスパーダがカードへ戻り手元へ帰ってくるのを受け止める。
「スパーダさん、ありがと」
痛みと傷など気にせずスパーダへ感謝を述べながらエルクリッドはカードをしまい、その様子には見守るノヴァは駆け寄りそうになるもぐっと堪え、それを見てタラゼドも静かに口を開く。
「装備型のツールカードは適性がなければ身につける事はできないですが、出す事はできますからね。マグネティックバインドによる拘束からスペクタースナッチャーを使用、スパーダさんの実体を捉えた状態としてから間髪入れずに押し切る、見事です」
「加えてヤサカが身に着ける鬼の鎧は甲冑と呼ばれる金属部品を使っていない火の国伝統の鎧、攻撃を受ける事で距離を取る戦い方も無駄なくできています」
タラゼドに次いでリオもシェダの戦術を分析し、カードの采配と分析力、判断力が確実に向上しているのがわかる。加えて仲間であろうと一切手を抜かない容赦のなさは非情にも見えるが、エルクリッドは闘志宿す目を光らせ口元に笑みを浮かべながら次のカードを抜く。
「まんまとやられちゃったね。でも、まだ終わらないよ!」
あぁ、とエルクリッドへ返しながらシェダはヤサカが自身の武器を拾い直して前に来たのを確認し、引き続きヤサカで戦う事を示すと次のアセスをエルクリッドは呼び出す。
「仄暗き深淵より頭を上げ、星に祈りを捧げよ……いくよ、ローレライ!」
掲げられたカードより溢れる白い煙がもくもく広がり、ぬうっと半透明の長い身体を現すは魔獣ローレライ。ぽこぽこと身体の中を光らせながら鳴き声のような音を鳴らし、ヒレの内側より溢れる白い煙が足下を覆う。
「ローレライか……中々厄介な奴だな。いけるか、ヤサカ」
ローレライを見上げながらシェダが問うとヤサカは静かに頷き、ローレライもまた頭をヤサカへ向けて相手として認識する。
一方でシェダはエルクリッドがヒーリングのカードを使わず傷を負った状態で続行する気でいることと、その理由が顔の傷口が既に塞がりつつある事なのを察し、その身に流れている血の力を使いこなしているのだと感じた。
(火の夢としての力は全部消えたわけではない、ってことか……とはいえ傷が治って血が止まったとしても魔力を消耗したのに変わりはねぇ、か)
シェダが思い感じる事はエルクリッド自身もよくわかっている。スパーダが倒された事で魔力が大きく削られたこと、傷が塞がろうとそれは変わりがないのだから。
(血が止まってくれたのはいいけど、どーするかな……シェダ強くなってるし、あたしのアセスの事は知られてるし……)
半年の間、エルクリッドは戦いを避けてたのもありシェダとの差が埋まっているのを改めて実感し、だがその中で危機感よりも高揚感が、悔しさよりも喜びが強く口元に笑みが浮かび瞳孔が縦に細くなりながら魔力が滾り風が逆巻く。
「ローレライ、行くよ!」
手を抜かずに本気で来てくれるシェダへの敬意と感謝を思いつつ、エルクリッドがカードを引き抜きローレライが呼応する。白い煙が充満する中を素早く泳ぐように這い回り、ヤサカが構えるよりも先に真後ろへ回り込み口を開き赤い光で照らし出す。
「スペル発動デュオガード!」
二色の光の結界がヤサカを包み、その上から浴びせられるローレライの光線が刹那に周囲を焼き切る。と、シェダはヤサカの身体が地面を割って生える木の根に縛られている事に気がつき、それがエルクリッドがいつの間にか発動したアースバインドによるものと理解し舌打ちしつつ笑みが溢れた。
「やるじゃねーの! でもアースバインドぐらいでヤサカは止められねぇ!」
「そんなの百も承知! ローレライ!」
全身に力を入れてアースバインドをヤサカが引き千切ると、エルクリッドに呼応しローレライが白い煙をさらに噴射し周囲を真白の世界へと変える。
完全に視界が奪われた状態となるもヤサカは動じず周囲に神経を尖らせ警戒し、シェダも煙を吹き飛ばすか否かの判断を迫られ思考を進めていく。
(ローレライは煙に触れてる相手を焼き切り、自分はその上を移動する魔獣……視界を塞ぐ程の煙ってなればその中を自在に動けるって事だろうが、念の為に吹き飛ばすか……?)
ローレライが煙の外に出ればシェダを通してヤサカへ、ヤサカが煙の中で見つければシェダへとリスナーとアセスは情報共有して補完ができる。加えてヤサカの集中力とその感知能力は高く視界が効かなくとも、不意打ちは通じない。
だがエルクリッドがそれを知らないわけではない。ローレライの煙を吹き飛ばせるスペルを切るかシェダがカード入れへ手をかけ、瞬間、エルクリッドの声が白い煙越しによく通った。
「スペルブレイク、アセスフォース!」
(アセスフォースか! ヒレイかセレッタってとこだろうから、魔法攻撃に……)
スペルブレイクによるアセスフォースの発動宣言にシェダがスペルガードのカードを引き抜き魔力を込めて備える。と、ヤサカが何かを感じ手にする刃を繋ぐ鎖を掴んで振り回して風を巻き起こして煙を吹き飛ばす。
刹那、ヤサカの身体を金色の帯が捕らえて締め付け、それがエルクリッドのアセスフォースによって選ばれたチャーチグリムのダインの力とシェダは気づいて目を見開く。
「ダインの力か! しかも帯状にした円環での拘束じゃスペルガードは使えねぇ……!」
「あたしだって半年間、戦うのはあんましなかったけど戦術研究はしたんだからね!」
半年間という期間でエルクリッドはあまり戦うことはなかった。だが単にタラゼドの店を手伝っていたわけではない、店の商品として並ぶカードを客に説明する為に理解を深め、知識を蓄えながら応用手段や自分のアセスとの組み合わせを考え続けていた。
アセスフォースによる拘束と共にヤサカの足元に白い煙が充満し、ぬうっと真正面から頭を出したローレライ体内の光を明滅させながら口を開きヤサカを照らし出し、シェダはすぐにカードを切る。
「スペル発動エスケー……」
「無駄だよ! スペルブレイクして発動したダインの力は、エスケープでの回避はできなくなる! さっきのお返しだよ、シェダ!」
エスケープによる回避を見越してのスペルブレイクによる発動、刹那に赤い光に包まれたヤサカが焼き切られて全身を真っ黒に炭化させ、間もなく崩れ去り消滅しながらカードへ戻る。
全身を焼かれるような苦痛がシェダを襲い煙が服の下から漏れて片膝をつく。だがすぐに歯を食いしばりながら立ち上がってヤサカをカード入れへ戻し、エルクリッドを捉えながらシェダは闘志折れる事なく次のアセスを引き抜いた。
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