競い合う

 国境の街セイドからガリディアン修練場までの道のりは過酷さはなく穏やかそのもの。リープのカードを使えば一瞬で赴けるものの、それをせずにエルクリッド達は徒歩で向かう。


 参加証であるカードが所持者かどうかを確かめる役割も兼ねており、すれ違うリスナー同士で戦いを繰り広げられる。

 セイドの街から伸びる街道は人通りも多い事もあり戦う相手には不便せず、また同じように十二星召ニアリットを相手に向かおうと考えているものも少なくはない。


 戦いを経て日が暮れれば野営の準備をしよるを迎えつつ温かな食事で疲れを癒やし、天幕の中にて静かに眠る。

 仲間との旅生活はエルクリッド達の心を満たしていく。無論危険はあるが、それを差し引いて得られるものの大きさを改めて思いながら旅は続く。



ーー


 朝が来れば目覚めて身支度をし、朝食を食べ終われば旅を再開する。いつもの流れ、いつもと同じ、半年前と変わらぬ流れ。

 唯一違うと言えば、懸念材料がないこと。ネビュラが引き起こした火の夢にまつわる事件が幕を下ろした事や、エルクリッドの中の力が消えた事で迷う事なく星彩の儀に集中でき、心も足取りも軽い。


 本来なら旅とはそういうもの、時に辛く厳しい事はあれども楽しいものと改めてエルクリッドは思いつつ、一人旅をしていた頃と変わった自分の変化も受け入れる。


(世界を見てこいって師匠が言ってた意味……今ならわかる。あたしが行く先にバエルも待ってる、その時に、きっと……)


 自分を慕うノヴァがいて、同じ師を持つシェダがいて、そっと支えるように後から来るリオがいて、殿には常に見守るタラゼドが微笑む。

 一人ではわからないもの、得られなかったものが今はある。その思いが前へと進ませる力へ、未来への力となる。


 そんな事を考えていたエルクリッドはふと足を止め、周囲を見回して遮蔽物がなく十分な広さがあるのを確認するとくるりと振り返りながらシェダの前にカードを裏にして見せつけた。


「シェダ、あたしとやろっか」


「いきなりだなオイ」


「そりゃ今思いついたんだもん。やろ!」


 快活に笑顔でエルクリッドが手合わせを思いつき、突然すぎる事には苦笑しながらもシェダもカードを引き抜き裏面を見せ同意を示す。


 唐突な対戦申込みと同意にはノヴァも目を大きくしながら二人の顔を交互に見直し、メラメラと燃える闘志宿す眼差しに本気であるのを感じ取ってタラゼドの後ろへ早足気味に隠れる。


「そういえば、お二人の手合わせは初めて会った時以来ですね」


 ノヴァを撫でつつタラゼドがそう口にし、以前アピスの地にて機会はあったがその時はシェダとリオが手合わせする事となったのを振り返る。その時戦ったリオもまた火花散らす二人の姿を微笑ましく見守りつつ、タラゼドと共に少し距離をとって観戦の姿勢を示す。


 刹那にエルクリッドとシェダが共に後ろへ跳び退きながら見せていたカードをしまい、素早く入れ替えてそのまま戦いが始まる。


「お願いしますスパーダさん!」


「闇を断って悪しき光を祓ってこいヤサカ!」


 エルクリッドは金色の風を纏いながら身の丈以上の大剣振るう黄金の幽霊騎士スペクターナイトスパーダを召喚し、シェダは鎖で繋がれた三日月と半月の二振りの刃手にする鬼の戦士ヤサカを召喚する。


 アセス同士も直接顔合わせするのは久しぶりとあってか、ヤサカは静かにその場で会釈しスパーダも大剣を一度下げて一礼を返す。


「シェダ! 手加減なんてしないでよね!」


「手加減できる相手とは思ってねぇよ! 行くぜヤサカ、ホーム展開・刀幻郷とうげんきょう!」


 両者の覇気と共に滾る魔力が風を呼び、断ち切るように先にカードを切ったのはシェダだ。展開されたホームカードによって地面から無数の様々な武器が突如として現れ、それらにスパーダは目を配りつつ大剣を担ぐとすぐに地面を踏み砕いて力強くヤサカへ迫り、両手持ちで大剣を振り下ろす。


 瞬間、ヤサカも二振りの刃を交差させて受けて立つ構えを取り、響き渡る金属音に遅れて衝撃が風となって吹き荒れる。

 渾身のスパーダの一撃にヤサカは踏み留まってそのまま押し返し、スパーダもまた無理な攻めはせずに数歩下がりさらに引く。


(手合わせするのは初めてですが、エルクの目を通して見ていた以上の実力ですね)


(スパーダさんがそこまで言うなんて珍しいね。ウィンドフォース使っとく?)


 リスナーを通してカード状態のアセスは外の情報を得ることができる。スパーダもエルクリッドを通し、シェダやリオはもちろん、これまで相対してきたリスナーや強者達の戦いを見て感じ取っている。


 それを踏まえてスパーダがヤサカの力を認める発言をした事を受けエルクリッドもカード入れに手をかけるも、いいえとスパーダは答えながら大剣を構え直す。


(それには及びません。それよりも展開されたホームカードはこちらにとっても有利になり得るものです、ドラマの発動もあり得るので用心してください)


 凛としスパーダがエルクリッドにそう意思を伝えると共に距離を詰めんと駆け出すヤサカに合わせ前へと進み、地面に切っ先をこすりつけながら大剣を振り上げ砂煙を巻き上げ司会を塞ぐ。

 刹那にヤサカは急停止して後ろへジグザグに下がり、半月状の刃をスパーダに向かって放つ。すぐにスパーダが大剣で弾き落とすも鎖を引いてヤサカも武器を戻し、そのまま鍔迫り合うと火花散らす刃同士が擦り合い、刹那に離れては激突を繰り返す。


(流石はスパーダさんだな……ディオンが認める騎士ってのは間違いねぇな)


 スパーダと交戦経験のある魔槍持つ魔人ディオンを通してシェダは彼女の実力をよく知り、それは仲間としても思うことである。

 触媒となる鎧で全身を覆い堅牢な防御に加え、本体そのものは幽体故に実体はなく物理攻撃は致命打にならない。反面、触媒である鎧が破壊される程に維持ができない、それが幽霊騎士スペクターナイトというものだと。


 ここでシェダは幽体を捉え切り裂くスペクタースナッチャーのカードを一瞬抜きかけるが、今はまだその時ではないと感じ別のカードを引き抜きエルクリッドも合わせる形でカードを使う。


「スペル発動アセスフォース! セレッタ、力を借りるよ!」


「ここでそれかよ! ツール使用雨乞いの壺!」


 エルクリッドが切ったアセスフォースによりカードから放たれるは激流。圧倒的な力で全て押し流さんとするそれにシェダが使った雨乞いの壺がごろりと無造作に転がり落ち、自然と直立すると仄かに光を帯びて次の瞬間に激流が引き寄せられるように壺の中へと吸い込まれていく。


 全ての水が消えると共に壺が砕け散って消滅し、結果的にアセスフォースが無力化された事でエルクリッドは舌打ちしつつも、手加減せずに戦ってくれるシェダへ感謝を思いながら次の一手を思案する。

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