無題の中身
俺は、ちょうど3年前ぐらいから本格的に音楽と向き合うようになった。
元々、音楽が好きでよくタ◯レコに行って好きなアーティストのアルバムを買いに行っていた。
だから俺の部屋は、CDやらアルバムやらで溢れかえっていた。
思春期の男子らしいそういうえっちな本はどこにも見当たらない。
俺はそういうのよりも、音楽に強く惹かれる人間であった。
次第に自分でも曲を作りたいと思い、今まで将来のことに全く興味をもてなかった俺は、初めて母親に「音楽の専門学校に行きたい」と申し出た。
リビングの椅子に腰掛けながら老眼鏡を使って新聞を読んでいた母は、ひどく驚いて、椅子から立ち上がり俺を抱きしめた。
母は、「よかった…」と囁く。同時に俺は、母にどれだけの迷惑をかけていたのかと悟る。
母は昔から俺が音楽に興味があることを知っていた。いや、俺の部屋を見れば一目瞭然だから知っていたというのは少し違う気もするけど。
専門学校の出願期間は運のいいことにまだ少し先で、1から考えるのにはちょうどよい長さだった。
俺は珍しく胸がときめいていて、俺自身もこんな自分に出会えたことに驚いている。そのぐらい、俺は音楽が好きなんだ、と。
一度、曲を作ったことがある。まだそのときは、学校も不登校で、音楽にしか興味がなかった。その曲は、自分の理想を描写したものだった。
もっときらびやかで、ちゃんと親孝行もして、真っ当な人間になる。まるで、俺の正反対な人物がそこにいるかのようなことを歌に落とし込む。
決して、主題は「自分探し」ではない。むしろ、そうなりたいという願望の方が強い。
曲を作るのは楽しいし、没頭できるのだけど、最後に悩まされるのが曲名なんだ。
その曲のテーマであり、それが軸となって物語が進む。
曲名をはっきりさせられないということは、まだ迷いがあるということだと個人的に思っている。
自分の思いははっきりあるのに、それに名前をつけられない。
最初は、「迷宮入り」とかを考えた。でも、迷宮入りっていうのは、入口はあるのに出口が見当たらなかったり、真相が不明だったりすることを指す。
しかも、その時の自分にとっても、今の自分にとってもなんだかそれは綺麗事を言っているようで少し嫌悪感を覚える。
でも、この歌が世に出るわけではない。出るはずがない。こんな拙い作品。
鍛錬されていない、自分の感性だけをぶつけた自分勝手な歌。評価なんてつかない。自分でもそう思うのだ。何を言っているのかわからないし、抽象的すぎてこの歌はどんな意図で書かれたのか作詞者自身が汲み取れないのだ。
だが、現代の世界で面白いのは、作者もわからないから、考察のし甲斐がある、考察の余地が生まれるという理由で有名になることもある。
だって、歴史的人物が作ったものはもうその人は亡くなっているわけだから、どういう思いで作ったのかなんてわかるはずがない。でも、その人の歴史的背景から「こういうことがあったからこういう意味があるんじゃないか」と現代人が考察する。
俺に関しては、俺のことを知る人なんて知人くらいしかいないからスタート地点にすら立ってない。
少し憧れることとすれば、年齢不詳、本名などすべて不詳ですごい曲が流行るということ。SNSで名前も顔もわからない誰かの曲が、街のカフェや電車の中でふいに流れてくる。
聴いている人は、作り手がどんな人間かなんて気にせず、ただ音だけを受け取っている。
その人自身、エゴサとかあんまりしないタイプだったり、本人からはSNSで告知をせず、スタッフとかマネージャーさんに任せるとか。
なぜかはわからないけど、俺はそういう匿名の存在に憧れる。
俺がもし、自分にアーティスト名をつけるとしたら、Anon.(アノン)かな。
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