記録 No.20:郷土史資料

資料種別: 図書館デジタルアーカイブからの抜粋

日付: 2025年3月14日


【筆者による注記】

ケアマネージャーのサトウ氏が口にした「捨て沢」という言葉を手がかりに、練馬区立郷土資料館のデジタルアーカイブを検索したところ、一件の古文書がヒットした。

タイトルは『武州豊島郡〇〇村郷土史編纂資料(草稿)』。昭和初期に、地域の有志によって編纂された未発表の草稿とある。その中の「風俗・伝承」の章に、以下の記述を見つけた。著作権保護期間は満了している。原文の旧仮名遣い、旧漢字を一部現代語に修正し、以下に抜粋する。


【『武州豊島郡〇〇村郷土史編纂資料(草稿)』より抜粋】


第五章:風俗・伝承


(…前略…)


当村の西端、現在〇〇一丁目と呼称される地域は、古くは「不浄沢(ふじょうさわ)」と呼ばれ、村民からは忌み地として固く避けられていたと云う。古老の言に依れば、この地はかつて村を流れる〇〇川の流域でも特にぬかるみ深く、ひとたび大雨が降れば水が溢れ、田畑を飲み込む元凶であった。治水工事もままならず、人々はこれを土地神の怒りとして恐れた。


江戸中期、度重なる凶作と飢饉が村を襲った際、この不浄沢にまつわる暗き風習が根付いたと記録に残る。すなわち、村の安寧を願い、あるいは口減らしを目的として、「見捨てられた者」を沢に弔うというものである。

ここで言う「見捨てられた者」とは、公儀にはばかられる人身御供のことであり、また、所謂「間引き」によって生を許されなかった嬰児のことでもある。これら声なき者たちの亡骸が、この沢の泥底に幾人も沈められたと云う。


この風習が廃れた後も、不浄沢は「穢れた土地」として人々の記憶に長く留まった。この地に家を建て住まう者はなく、もし余所者などが知らずに居を構えた場合、その家は必ずや災いに見舞われたとされる。

曰く、その家の者は次第に心を病み、誰とも口を利かなくなり、やがて「影の病」と呼ばれる奇妙な症状を呈した。家の隅の暗がりに、常に「黒い人影」が立つのを見るようになり、その視線に苛まれ、ついには発狂するか、原因不明の突然死を遂げたと、古老は語る。

この伝承は、近代的な土地開発が進むにつれ、人々の口に上ることも少なくなっていった。


(…後略…)


【筆者による分析】

サトウ氏の語った伝承は、単なる迷信ではなかった。

タナカ・トシオのアパートが建っていた土地は、かつて「不浄沢」と呼ばれ、「見捨てられた者」たちが弔われた場所だった。そして、そこに住む者を襲うという「影の病」の症状――社会からの孤立、精神の変調、そして部屋の隅に見る「黒い人影」――は、タナカ・トシオの最期と不気味なまでに一致する。

全ての元凶は、この土地に染みついた古くからの「穢れ」なのだ。私はこの時、そう確信しかけていた。


だが、続けて読んだ「fragment_log.txt」の最後の断片が、その結論を根底から覆すことになる。

タナカ・トシオは、土地の呪いを認識しながらも、その本質がもっと別の、新しい何かへと変貌していることに、狂気の中で気づいていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る