デジタルの残穢:あるスマートカメラの来歴
月影 朔
記録 No.01:ウェブマガジン掲載コラム
【ウェブマガジン『Digital Shift Today』2024年4月10日掲載コラム】
“つながり”の見守り技術――スマート・ウェルフェアが解決する孤独という病
文責:ITジャーナリスト
我々の社会は、静かに進行する病に蝕まれている。それは「孤独」という名の、目に見えないパンデミックだ。
特に、急速な高齢化が進むこの国において、単身世帯の高齢者が誰にも看取られることなく最期を迎える「孤独死」は、もはや特殊なケースではない。
内閣府の統計によれば、65歳以上の一人暮らし高齢者数は増加の一途をたどり、その数は800万人に迫ろうとしている。
彼らが抱える健康不安や社会的孤立は、個人の問題ではなく、社会全体で取り組むべき喫緊の課題である。
こうした状況に対し、一つの光明が見え始めている。
それが、IoT(モノのインターネット)技術を福祉分野に応用する「スマート・ウェルフェア」という新しい潮流だ。
かつて「監視」という冷たいイメージを伴いがちだったテクノロジーは今、温かい「見守り」のツールへと進化を遂げ、物理的な距離を超えた新しい“つながり”を構築し始めている。
スマート・ウェルフェアの中核をなすのは、住宅内に設置された様々なセンサーデバイスだ。
例えば、室温や照度を感知する環境センサーは、エアコンの消し忘れによる熱中症や、夜間の転倒リスクを遠隔で把握するのに役立つ。
冷蔵庫の扉に設置された開閉センサーは、日々の食事の状況をさりげなく伝え、ベッドに内蔵された睡眠センサーは、睡眠の質や離床のパターンから体調の変化を早期に検知してくれる。
これらのデバイスから得られる生活データは、暗号化された上で安全なクラウドサーバーに集約される。
そして、家族はスマートフォンの専用アプリを通じて、いつでも、どこからでも、大切な人の生活リズムを確認できるのだ。
異常が検知された際には即座にアラートが通知され、必要であれば地域包括支援センターや提携する警備会社が駆けつけるといったサービス連携も進んでいる。
特に注目すべきは、AIを搭載したスマートカメラとスマートスピーカーの進化である。
最新のスマートカメラは、プライバシーに配慮し、人の「姿」ではなく「シルエット」のみを認識するモードを備えるものが主流だ。
これにより、転倒などの緊急事態を正確に検知しつつ、常に見られているという心理的負担を軽減する。
また、スマートスピーカーは、単に音楽を流したりニュースを読み上げたりするだけではない。
「今日の調子はどう?」といった日々の呼びかけに応答することで、高齢者の発話機会を創出し、認知機能の維持にも貢献する可能性が指摘されている。
もちろん、テクノロジーが人間の温もりに完全に取って代わることはできないだろう。
しかし、スマート・ウェルフェアが目指すのは、人間関係の代替ではない。
それは、家族や地域社会がこれまで担ってきた「見守り」という役割を、現代のライフスタイルに合わせて拡張・補強するための、強力な補助線なのである。
テクノロジーの進歩は、時に我々から何かを奪うと危惧される。
しかし、正しく設計され、善意に基づいて運用されるならば、それは断絶された心と心を繋ぎ、社会の最も弱い部分を支えるセーフティネットとなりうる。
スマート・ウェルフェアが普及した未来では、「孤独死」という言葉自体が、過去の遺物になっているかもしれない。
私は、そんな希望的観測に、本気で胸を躍らせている。
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