「追放された“元”悪徳令嬢と魔族王子の大革命ー魔族領土の全てを抜本的に見直します！」

第2話：魔王領到着

　森の奥へ足を踏み入れると、湿った土の匂いが鼻をかすめた。

　セリーナ・フォン・アルトシュタインは肩をすくめ、初めて対面する外界の空気に目を細めた。

「文献では衰退していると聞きましたが……本当に荒れているのね」

　短くつぶやき、視線を周囲に巡らせる。

　廃墟と化した建物、朽ちた城門、ところどころに赤く光る魔力の残滓。かつての栄華の跡が、無秩序に点在していた。しかしセリーナは怯えるでもなく、軽く口元を吊り上げて微笑んだ。

　セリーナは右の掌に魔力を巡らせ、小さいながらも眩い光を翳して森の中へ歩みを進めた。光属性の初歩的な魔法だが、屋敷では夜に花を摘みに行く際に重宝していたが、まさか外界の散策に使う日が来るとは想像もしていなかった。

　湿った空気が肌に触れるたび、微かに吐き気めいた感覚を覚えるものの、初めての外の世界に対する好奇心と期待が勝っていた。

　刹那、木々の間に鋭い赤い瞳が光った。

　小型のウサギを彷彿とさせる魔物だ。

　牙を剥き、セリーナ目掛けて跳躍して突進してくる。しかし彼女は慌てるでもなく、冷静に軽く掌をかざし、先ほどまで明かり代わりにしていた魔力をそのまま弾丸として放った。

　青白い光が直撃し、魔物の体を焼き尽くすと、霧状の瘴気と化して霧散する。

「ふふ、これが魔界流の歓迎かしら？」

　初めての戦闘後も表情は軽やかで、彼女には森の中の強襲すら楽しむ余裕すらあった。

　ザッ！！

「あらあら」

　視界の端に、先程とは比較にならないほどの大型の魔物が現れる。赤黒い鱗に覆われ、角が生えた巨体は圧倒的な存在感を放ち、低い唸り声と足音が地面に響いた。

「なるほど……乳牛にしては過激なビジュアルですわね。美味しいミルクは……ふふ、さすがに期待できそうにありませんわ」

　セリーナは微笑み、再び掌に魔力を集中させる。

「グオオオオオ！！」

「はッ！」

　角による魔物の攻撃をかわしながら、空中に魔力の障壁を張る。それを足場に、身を翻して魔物の巨躯を飛び越えた。よく見ると、彼女の足元には常に魔力の薄い地面が形成されている。ヒールで腐葉土の上を軽々とあるける理由はそれだ。

　森での戦闘は、彼女にとって初めてではあるが、動揺はない。冷静に敵の動きを読み、相手との距離を調整している。

「そこですわ！」

　セリーナは魔物の足元に魔力を放った。

　魔物もそれに反応して身を交わそうとするが、細い線状の光は、先程までセリーナが足場にしていた魔力の足場に反射して魔物の脳天を貫いた。

　やがて巨大な体は地面に崩れ、先程のウサギ型の魔物同様に霧と化す。

　戦闘は短時間で終わり、ドレスに泥が跳ねていないか見渡すと、緩く巻いた横髪を耳にかける。

「一部では人の言葉を話せる魔物がいると聞きますが……実際はそうでもないのかしらね。屋敷の本で見た、人語を話す竜やゾンビ騎士を見てみたいものですわ」

　微かに違和感を覚えた空気も、戦いの緊張で気にならなくなっていた。

　荒廃と混沌の森を見渡しながら、彼女は微笑んだ。魔界の環境は肌に合わない部分もあるが、だからこそ面白い。未知の世界での力試し――追放されたからこそ得られる自由の始まりだった。

　未だかすかに森の奥から唸り声が聞こえる。これから待ち受ける試練を、セリーナは胸を高鳴らせながら受け入れる。

「さあ、行きましょうか……本番はこれから、ですわ」

　青白い光を揺らし、セリーナは森の奥へ歩を進めた。追放令嬢の新しい物語が、ここから確実に動き始めたのだった。