『総理になった男』
KAORUwithAI
第1部:序章 - 無名の挑戦
第1話「この国は終わってる」
目覚ましが鳴っている。
耳元でけたたましく鳴る電子音が、布団に包まった鼓膜を打つ。
だけど、手を伸ばして止めるだけ。起きる理由がない。
狭いワンルームの天井は、毎朝変わらず薄汚れている。
六畳一間、ユニットバス、台所には一口コンロ。家具はほとんどない。
たまに黒い影が天井を走る。たぶんゴキブリ。慣れた。怖くもない。
腹は空いているけど、起き上がる気力すら湧かない。
大学を出たあと就職に失敗し、バイトを転々としてもう5年が経つ。
気づけば31歳。自分の何が悪かったのか、もうわからない。
スマホに手を伸ばす。
LINEは誰からも来ていない。母親だけが毎週スタンプを送ってくる。
Twitterのトレンドに「政治離れ」という言葉があった。
「だろうな……」と声に出して苦笑した。
誰も期待していない。信じていない。
嘘と金と保身にまみれた世界を、誰が信じるというのか。
台所を開ける。何もない。冷蔵庫の中には水とケチャップだけ。
昨日の夜、バイト先の店長が「ほんの少しだけだぞ」と言って
渡してくれたコンビニの廃棄パンが、唯一の食料だった。
それを口にしながら、黙ってポットでお湯を沸かし、インスタントのコーヒーを啜る。
パンは少しパサついていたけど、ありがたかった。俺には贅沢すぎる。
スマホにはまた、新しい不採用通知が届いていた。
指でスワイプして消す。
事務、営業、工場、警備、清掃、派遣。
気づけば、応募数が100社を超えていた。
「もう、どこにも居場所ねぇな……」
思わず口をついて出た言葉が、部屋の中に虚しく響いた。
バイト先のコンビニに出勤する。
淡々と品出しをし、レジに立つ。
「また消費税上がるらしいな!」
怒鳴るような声に、ハッとする。
中年の男性がレジでイライラとしながら、財布を投げるように取り出した。
「増税ばっかで生活できねえよ、クソ政府が」
俺は何も言えずに、バーコードをピッ、ピッと通す。
「〇〇円です」
口は動くが、心はどこかに置き忘れてきたままだった。
“俺だって苦しい。でも、文句を言える立場にすらいない”
その悔しさと無力感が、胸の奥に居座っていた。
夜、帰宅してテレビをつける。
政治家の不祥事が流れていた。
裏金、セクハラ、違法献金、脱税、世襲議員の無責任発言――
「どうせまた、辞めねぇんだろ」
思わず独り言が出る。
何も責任を取らない国。それが、この国の“普通”だ。
怒りというよりも、もう“あきらめ”の方が大きい。
怒る気力すら、萎えてしまっていた。
次の日。
実家から段ボールが届いた。
開けると、缶詰、乾麺、レトルトご飯。どれも安物だけど、泣けるほどありがたい。
中に手紙が入っていた。
「無理してない? たまには帰ってきなさい。お父さんも心配してるよ」
母の文字。少し曲がっていて、昔よりもかすれていた。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
“帰ってこい”とは書いていない。“無理するな”とも。
でも、それが逆に刺さる。
俺は、今も何かを諦めきれずにいるのかもしれない。
久しぶりに、父から電話がかかってきた。
「……健人か。元気にしてるか」
声が昔より細く、優しくなっていた。
昔はもっと怖かったのに、今は何だか弱く感じた。
政治の話になったとき、父がふと笑いながら言った。
「お前がやったらいいんじゃないか、政治家」
俺は笑った。「何言ってんの」と言いながら、妙にその言葉が頭に残った。
夜。
布団の中でスマホをいじっていた俺は、ふとツイート画面を開いた。
『立候補してみるか』
冗談だった。誰かに言ってほしかったのかもしれない、「やってみろよ」って。
投稿ボタンを押すとき、指先が震えていた。
通知が来た。「いいね」がひとつ。ふたつ、みっつ……
なんだろう。この数字が、ほんの少しだけ、胸を温かくした。
俺は小さく、つぶやいた。
「この国が終わってんなら……俺がやるしかないのかもしれない」
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