第11話:かちかちとふわふわ(前編)

「――全くもう! いくらなんでもやりすぎです!」


控室へ戻ろうとした俺の背中に、怒気を含んだ声が突き刺さる。

振り返ると、案の定そこには――渚がみそぎちゃんを片手に立っていた。


「いや、その……勝負だし?」

「そういう問題じゃありません!」


渚がぐいぐい詰め寄ってくる。手にしたみそぎちゃんと併せて圧がすごい。


「“防御術式の解除だけは絶対に使うな”って、あれほど言ったのに……!」

「う、うん、まあ」


いつになく真剣な顔で言われたからはっきりと覚えている。

だからこそ、あのタイミングで一線を越えたことに、後ろめたさはある。


「でしょ!? 魔法戦の戦術の話になる度に、必ず念押ししてたじゃないですか!」

「そ、そうだったような、そうでなかったような……」

「悠真くんっ!」


ビクッ。

渚が俺の胸元をぐっと指差す。顔は怒ってる。でも……目元は、少しだけ揺れていた。

一拍おいて、彼女は言った。


「……本当に、死んでたかもしれないんですよ? あれ」


その声に、俺は言葉を失った。

……マジで、心配させたんだな

俺の行動は、ただ勝ちたいという気持ちに突き動かされた結果だった。

それが結果的に渚を傷つけてしまったかもしれない。


「ごめん。でもどうしても、渚に勝ちたくて」


その一言に、渚の表情が――ピクリと固まる。


「……え?」

「渚にたくさん教えてもらったから、返したかったというか、強くなったとこ見せたかったというか……」


鈴音との賭けもあるけど、この一戦だけはどうしても取りたかった。

だからあんな禁じ手まで使ったんだ。

相手が渚だから信じられたというのも大きいけど。


「はぁ!? じゃあわたしに勝つためだけに、命までかけたっていうんですか!」

「う、うん……」


数秒、沈黙が落ちる。


「悠真くんってこんなにバカだったんですね」


それだけ言って渚は顔を背けた。

……そりゃあ怒るよな。

かなりずるい手を使った自覚はある。


様子をうかがうために恐る恐る顔を覗き込もうとすると、渚は素早く視線を逸らしながら、急に声を張り上げた。


「ぜ、全部! 私とみそぎちゃんでの修行の成果ですからっ!」

「おっしゃるとおりで……」

「身も心も、鍛え直した結果ですから! それさえ理解してるのでしたら、今回だけは見逃してあげます!」

「え、ほんと!? してるしてる。全て渚様のおかげだってこと、心から理解してる!」

「そういうことなのでっ、ではではっ!」


バッと身を翻し、控室の壁の向こうへ走り去っていく渚。


「……ほんと、無茶苦茶なんだから」


背中越しに小さく漏れる声が耳に残った。

その耳が真っ赤だったのは、おそらく気の所為ではないだろう。

許してくれるとは言ってくれたものの、あれまだ怒ってるよなあ。

次顔合わせるときどうしよ……。

ふぅ、と小さく息を吐きながら控室の扉を開けると、中ではすでに楓とニャルが待っていた。

……空気が、重い。


「……主」


楓が一歩、俺に近づいてくる。

表情は静か。けれどその瞳の奥には、明確な怒りが宿っていた。


「楓……?」


次の瞬間、彼女の声が、冷たいまでに鋭く落ちる。


「――主。あのような命の懸け方は、以後二度となさらないでください」

「そうなんだけど、でも……それしか勝ち目がなかったし――」

「勝ちと引き換えに命を落とすのであれば、それは敗北です。忠義の対象が自壊するなど、あってはならないことです」

「……」


言い返せなかった。

正論すぎて、何も言えなかった。


「戦いとは、結果を出すための“継続可能な術”であるべきです主の行動は、忠義の理念から逸脱しています」


静かに、けれど決して退かない意志のこもった言葉。

その声に、俺は素直に頭を下げた。


「……ごめん。ありがとな、楓」


楓にこんなに怒られたの、初めてだな。


「勝ちたいと思う気持ちは否定しません。ですが、それは“生きてこそ”です」


少しだけ声を落とし、楓はぽつりと付け加えた。


「無事でよかった……」


言葉こそ静かだったが、楓の肩はわずかに震えていた。

俺がいなくなることを――本気で怖れてくれたのかもしれない。


「ほんとごめん。ありがとう」


俺がそう言うと、ようやく楓の肩の力が抜けた。

ニャルは無表情のまま、こちらをじっと見つめていた。


「……解析結果。あなたの行動は、“無意味に死に近づく衝動”と判定。愚かは感情ではなく、分類です」


ニャルの声は平板だが、わずかに震えていた。

感情ではなく、論理として――俺を愚かと断じている。


「……本当に、私の想像をはるかに上回る愚かさでした」


淡々と、まるで“確認作業”のように毒づく。


「普段はつらい怖いと泣き喚きながら、そのくせ生存へのリスク判断だけは反射的に甘くなる……」


そこで言葉を止めると、ニャルはわずかに視線を伏せた。


「――」


壁にもたれ、目を閉じるような仕草で立っていたニャルはそれきり何も言わなくなった。

“観察モード”に入ったのだろう。

まるでこの世界にいるのではなくどこか遠く――論理処理の深層へ潜っていくような静けさだった。

あれ……? これニャル、本気で怒ってる、のか?

空気がふっと冷える感覚がして、俺は黙ってニャルから離れた。

遠くから選手の呼び出しアナウンスが聞こえる。

いよいよ楓の準決勝戦、鈴音との試合が近づいて来た。

盾を背中に背負った楓が、俺の前に来た。


「主。学校を辞めることも、天羽さんのパシリになることも、ありません」


彼女はまっすぐ俺を見て、静かに、でも確かな意志で言った。


「ここで、私が終わらせて参ります」

「……楓」


楓は小さく一礼すると、控室を出て行った。

静かに、けれど確かに――決意に満ちた足取りで。

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