第57話 悪役令嬢は望んでいない
「……ティナは」
「はい」
「僕のこと、まだ許してないよね?」
いつになく神妙な面持ちのアルベルト様に、笑みを消した私はそっと彼から距離を取り、向かい側の席へ腰を下ろすと小さく頷く。
「そう、ですね」
アリアの断罪を経て、私たちは婚約を結び直した。
それからというもの、アルベルト様は失った信頼を取り戻そうと――今まで会えなかった時間を埋めるようと引き継ぎの合間を縫っては、こうして私との時間を作ってくれている。
毎朝届けられる花。
毎月贈られる装飾品やドレス。
私の好きな紅茶やお菓子。
彼が私を大切に思い、愛してくれていることは、態度や行動から痛いほど伝わってくる。
それでも――。
彼を完全に許せないのは、聖女がまだこの世界のどこかにいる気がして……『また、いつか婚約を破棄されるのではないか』と心のどこかで疑っているから。
今のアルベルト様がアリアのことを心底嫌っているのを分かっているはずなのに。
「そう、だよね。あの女のせいとはいえ、僕は君を長く放置しすぎた。僕のことを許せなくて当然だよ」
「アルベルト様……」
自嘲気味に笑った彼は、すぐに表情を引き締めると真っすぐに私を見据える。
「ティナは……いっそ僕に死んで欲しかった?」
「……え?」
「こんな浮気男、君の両親と一緒にさっさと死んで欲しかった?」
何かを諦めたような力のない声で発せられた言葉を聞いた瞬間、私の中の何かがプツリと切れた。
『ティナ。このお菓子、前に食べたいって言っていたよね?』
『お疲れ様。今日はビーフシチューだって。楽しみだね』
『ティナ、公爵領について聞きたいんだけど……』
婚約を結び直してから気づいたことがある。
アルベルト様は、あの頃と何一つ変わっていなかった。
私の大好きだった、あのアルベルト様のままだった。
誠実で、優しくて――
時々ヤンデレが顔を出すけれど、誰よりも私を一番に考えてくれる人。
そんな人と一緒に過ごす時間が増えるにつれ、凍りついていた私の心は、少しずつ溶けていった。
そんな人を、死んでほしかっただなんて――
「そんなこと、あるわけないでしょ!!」
勢いよく椅子から立ち上がった私は、今まで胸に溜め込んできた感情を全てぶつける。
「確かに、他の女にうつつを抜かすあなたを心底恨んだ! 他の女に笑顔を向けるあなたを見るたび、心が張り裂けそうだった! さっきも言ったけど、今だってあなたのことを完全に許しているわけじゃない!」
あなたの婚約者に決まった時から、私はあなたの隣にふさわしくあろうと必死に努力していた。
それなのに、あなたは他の女と親しくしていた。
婚約者である私との時間は一切取らないのに、他の女とはいくらでも時間を過ごす。
――憎まないわけがない。
――恨まないわけがない。
――簡単に許せるわけがない。
でも!!
「それでも、死んでほしいなんて一度も思わなかった! むしろ私は、あなたの幸せを願っていた!」
きっと小説の中の悪役令嬢も同じことを思ったに違いない。
大好きだから、振り向いてくれないあなたを恨んだし憎んだ。
大好きだから、死んでほしくなかった。
大好きだから――あなたの幸せを願った。
「ティナ……」
「だから、私はあなたから離れる決意をしたの! 魔王討伐を無事に果たしたあなたが幸せなら、それでいいと思ったから!」
本当は、私と一緒に幸せになってほしかった。
でも、それが叶わないと前世の記憶を思い出した時に思い知ったから。
『せめて、私の知らないところで幸せでいて欲しい』と願って彼から離れる決意をした。
そう、一度だって……
「私は! 昔も今も、大好きな人に死んでほしいなんて思ってない!!」
大好きな小説の大好きなキャラの死を望むファンがどこにいる!
大好きだった人の死を望む女がどこにいる!……って、それはいるかもしれないけど。
でも私は、アルベルト様の死を望んだことなんて一度もない。
例え、義妹との噂が流れ、あなたとの時間が無くなった時でも、私はあなたの死を望んだことだって一度たりともなかった!
それに本気で死を願っていたなら、証拠を集めて処刑台に送るくらいのことはしたはずだ。
――我ながら物騒だけど、多分、それくらいはしたはず。
「私のあなたに対する愛を、なめないでください!!!!」
『魔力無し』だと知っても、変わらず接してくれたあなたにどれだけ救われたか!
前世の記憶を取り戻し、好きなキャラの婚約者だと知ったとき、本当は嬉しかった!
その人と一緒に暮らせている今が、どれほど幸せか!
涙を溜めながら怒る私に、圧倒されたアルベルト様は、小さく笑って視線を落とす。
「……ごめん。そこまで、僕のことを考えていたなんて知らなかった」
「アルベルト様……」
途中でとんでもなく恥ずかしいことを言った気もするけれど。
「君のためを思えば、僕は君の申し出を受け入れ、潔く君を諦めるべきだった。それは分かっていた」
懺悔するような声音に、冷静さを取り戻した私はそっと席に腰を下ろす。
「それでも……君を諦めるなんて出来なかった。君だけが、僕自身を見てくれたから」
「私、だけが?」
「そう。僕自身を見てくれたのは、君だけなんだ。だから、僕は一生をかけて君のために尽くそうと誓った。それが君を傷つけた僕に出来る贖罪だから」
どうして、そこまでして……
泣きそうな顔で見つめられ、胸に小さな違和感が生まれる。
「アルベルト様」
「何?」
「どうして、そこまでして私にこだわるのですか?」
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