第44話 悪役令嬢は貶められる

「ほう、では言ってみたまえ」



 陛下がアリアに対して向ける冷たい視線。


 それは、巷で『毒婦』として蔑まれていた頃に向けられていた視線。


 それが、聖女に向けるなんて……まぁ、話を遮られたから向けているかもしれないけど。


 もっとも、隣にいるアルベルト様は射殺すような目をアリアに向けているけど。


 怖すぎる。


 そんな中、純白のドレスに身を包んだアリアが、私を指差すとありもしない悪行をさも真実かのように、大勢の貴族や要人達の前で話し始める。



「ここにいる平民ティナは、私が学園に通っている間、聖女である私に対し、あらゆる手を使って陰湿な虐めを繰り返してきたのです!」

「ほう、具体的には?」

「取り巻きを使って私が大事にしていた物を壊したり、外にいる私に頭の上から水を被せたり、そして、ならず者を学園に手引きして私の命を奪わせるようなことをしたり……その度に、神官様や当時護衛役だっまディルクやルーランが助けてくださったのですけど、私、本当に怖かったのです!」



 すごい、万人の庇護欲と正義感をかきたたせるような演技力。


 なるほど、これでみんな信じてしまったのね。


 初めて見たけど納得した。


 とはいえ、実際は全くやっていませんけどね。


 そんな私をよそに、険しい顔をした陛下が問い質す。



「それで、どうしてティナ嬢がそのような愚行に走った? 王族教育を受けている令嬢ならば、聖女を無闇に傷つけるのは重罪だということは理解しているはずでは?」



 そう、いくらアリアのことが憎いからとはいえ、聖女である彼女を傷つければ、重罪として逮捕されてそのまま処刑。


 王族教育をきちん受けていれば、リスクを考えてそんな愚かなことをするはずない。



「もちろん、聖女である私が婚約者であらせられるアルベルト様と親しくているのが気に入らなかったからです!」

「っ!」



 それは、アリアが聖女としてエーデルワイス家に来た時から流れていた根も葉もない噂。


 そして……



『もちろん、聖女であるアリアと私が親しくているのが気に入らなかったからだろ?』



 小説でアルベルト様が悪役令嬢だった私を断時に言った台詞に酷似していた。


 そう考えると、小説の中の私は、何とも無茶苦茶な理由でヒロインを虐めていたのね。


 我ながら幼稚ね。


 とはいえ、ここまでの流れが小説通りに進んでいる。


 何より、悲し気な表情をアリアが、空色の瞳の奥で悪役令嬢である私を蔑んでいる。


 間違いない。この義妹が、悪役令嬢の噂を流した黒幕ね。


 どうやって噂を流したのかは分からないけど。


 でもまぁ彼女、私と同じく前世の記憶を持っているわね。



「大方、小説通りに私を蹴落とし、アルベルト様と結ばれたかったのでしょうけど」



 まぁ、勇者パーティーが帰ってくる前に私がアルベルト様と婚約破棄をして、隣国に飛んだ時点で小説中の物語は破綻したんだけど。


 誰にも聞こえない声で呟いた時、私の隣でアリアの話を聞いていたアルベルト様が突然笑いだす。



「「ア、アルベルト様!?」」



 ど、どうしたの!?


 驚きのあまり声を上げた私とアリアに、一頻り笑ったアルベルト様がアリアに爽やかスマイルを向ける。



「いや、前々から知っていたけど……まさか、本当にこんな根も葉もない噂で僕の婚約者を変えようとしていたなんて」



 そう言うと、アルベルト様が後ろを振り返る。



「父上、祝勝パーティーが終わったら即刻、王座を兄上に譲ってくださいね。あなたと違って、兄上は私と同様、に成り下がっておりませんので」

「傀儡?」



 聖女の傀儡? そんなの、小説で出てきてないわよね?


 小説で聞いたことが無いセリフに思わず眉を顰めると、アリアが慌てたように反論する。



「『根も葉もない噂』ではありません! 私は本当に、そこにいる元公爵令嬢に虐められて……」

「ほう?」



 冷気を纏った声を発したアルベルトは、ゆっくりとアリアに視線を戻す。



「証拠もないのに、どうしてで『根も葉もない噂』なんて言い切れる?」

「そ、そんなの、公爵家の力を使えばいくらでももみ消せるから証拠なんて……」

「だったらそもそも、そんな話が噂として出ないよね?」

「っ!」



 そう、いくら愛されていないとはいえ、保身と見栄が大好きなお父様なら、王子の婚約者である私の不利になる噂を揉み消すくらい容易かったはず。


 けど、実際は噂を放置した。



「私、愛されていなかったのね」



 噂をもみ消す価値もないくらいに。


 少し離れた場所でお継母様と一緒に険しい顔をされているお父様を一瞥し、胸が少しだけ痛くなった時、アルベルト様がそっと耳元で囁く。



「安心して、ティナ。これからは僕が君のことをたくさん愛してあげるから」

「っ!」



 ちょっ! 今それ言わないでください!


 耳元で口説かれ、慌てて距離をとる私を見て、満足そうに笑ったアルベルト様は、すぐさま笑みを潜めると聖女の罪を告発する。



「君はティナに嫉妬していた」

「ち、違う……」

「だから、『魅了』の力を使ってティナの周りにいる人間を誑かし、その誑かした人間たちを使って、ティナに不利になるような根も葉もない噂を流させ、ティナを意図的に孤立させた。そうでしょ?」

「っ!」



 やっぱり、あなたが私のことを……


 アルベルト様の告発は、私の行動指針だった『小説通り』という前提を覆すには十分だった。

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