第41話 悪役令嬢は謝罪される

 大広間でアルベルト様達の来訪の経緯を聞いた後、私は祖国へ帰るため、お世話になった人達に挨拶をしながら、残りの仕事を片付けて仕事の引継ぎを済ませた。


 皆、私が『悪妻』と噂されていたエーデルワイス公爵家の娘だと聞いてとても驚いていたけど、メイドの私を知っている人は皆『ティナが悪妻なんてありえないわよね! むしろ、良妻よ良妻!』と笑い飛ばしてくれた。


 実際、私の容姿と働きぶりに惹かれ、告白しようとしていた殿方が多かったらしい。


 当の本人は、仕事一筋で全く気付かなかったけど。


 その間、アルベルト様は陛下との約束通り、勇者として帝国騎士達の訓練に付き合っていた。


 何度か、訓練場から悲鳴が聞こえたけど……この国の戦力がまた上がったことは間違いない。


 そして、仕事を終えた私はいつものように使用人用の小部屋……ではなく、客室に戻って荷造りの最終確認をした。


 アルベルト様たっての希望だったらしい。



「よし、荷造りもバッチリ! あとは、明日に備えて寝て……」



 小さなトランクを前に満足げな笑みを浮かべた時、部屋のドアがノックされた。


 誰かしら? こんな夜分遅くに。



「はい」

「ティナ、まだ起きている?」

「っ!」



 ア、アルベルト様!?


 突然の来訪に驚きつつ、私は恐る恐る部屋のドアを開ける。



「こ、こんばんは。アルベルト様」

「こんばんは。ティナ、少しだけ話が出来ないかな?」

「え、あっ……」



『話なら明日、祖国に帰った時にでも出来ますよ』と言いたかったけど、アルベルト様の真剣な表情に、思わず息を飲んだ私は小さく頷くとアルベルト様を部屋に招き入れる。



「ありがとう、ティナ」

「い、いえ……」



 そう言えば、こうして二人きりで話すのは随分久しぶりね。


 アリアが我が家にきてから、アルベルト様はずっとアリアにかかりきりだったから。


 学園に通っていた頃に見た仲睦まじい2人を思い出し、胸を痛めた私が口を開こうとした時、アルベルト様が突然、深々と頭を下げた。



「ア、アルベルト様!?」

「ティナ、今まで君を放置していて本当にすまなかった」

「っ!」



 突然の謝罪に驚いた瞬間、祖国で受けた今までの仕打ちが頭を駆け巡り、静かに彼に向き合う。



「アルベルト様、頭を下げたところで私が許すと思っていますか?」

「……思っていないよ。でも、どうしても謝りたかった」

「『今更』とは思わなかったのですか?」

「もちろんだとも」

「っ!」



 一度、口に出してしまえば、もう止まらなかった。



「あなたは! 今の今まで、婚約者である私を放置して、義妹であるアリアと仲良くしていた。その間、私がどのような仕打ちを受けていたか分かっていますか!?」

「……分かっているよ。高潔な君が謂れのない噂に貶されていたこと。僕が聖女にかかりっきりだったばかりに、君が陰で笑われていたことを」



 その瞬間、私の中にあった怒りが飛び出た。



「それを分かっていて放置したのですか!? 私が! 公爵令嬢である私が噂により惨めな仕打ちを受けていたのを分かっていて、あなたは婚約者を守ろうとしなかったのですか!?」



 だとしたら、クズ過ぎる。それでよく私のこと『好きだ』とか『唯一』だとか言えたものだ。


 いっそのこと、物語通り聖女と結ばれて欲しかった。


 悪役令嬢の私のことなんか、放置したままにして欲しかった。


 烈火のような怒りをぶつけられても尚、アルベルト様は頭を下げ続ける。


 誠実な彼なりに申し訳ないと思っているのだろう。


 でも……もう遅い。


 深く息を吐いて冷静になった私は静かに口を開く。



「謝罪をするためにこちらに来たのでたら、もう大丈夫です。部屋に戻っていただいて、明日に備えてください」



 明日は祖国に帰って話を聞く。


 でも、それで彼を許せるかどうか分からない。


 もしかすると、もう一度婚約破棄を申し出るかもしれない。


 すると、頭を上げたアルベルト様が小さく首をふる。



「いや、今日来たのは謝罪だけじゃないんだ」

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