第37話 勇者王子は刃を向ける④

 ※アルベルト視点です。




「殿下。発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わん」

「ありがとうございます」



 さて、聞かせてもらうか。


 どうして、僕との約束を反故にして、ティナを守らなかったのか。


 切っ先を公爵に向けるのを我慢し、恭しく頭を下げた公爵を睨みつける。



「実は、婚約破棄を申し出たのはティナ本人なのです」

「なに?」



 本当に、ティナ自らが僕との婚約破棄を望んのか?


 確かに、僕に愛想を尽かせたティナが婚約破棄を言っても仕方ないと思う。


 僕はティナに対してそれだけのことをしてしまったのだから。


 例え、ても。


 けれどティナなら……聖女に現を抜かせ、『王族教育』にかこつけて、父親の代わりに領主の仕事を肩代わりしていたティナなら分かっているはずだ。


 王家と公爵家との関係を考えて、僕と婚約破棄することは不可能だということを。


 僕は愚かにもそこにかけていたというのに。


 顔を顰める僕に対し、ゆっくりと顔を上げた公爵は、大袈裟に悲痛な表情をすると目を逸らす。



「殿下はご存知かもしれませんが、殿下が勇者として魔王討伐に行かれている間、ここ王都では、殿下と聖女である我が娘の仲睦まじさが噂として広まっており、2人の結婚を国民の誰もが望んでいるのです」

「そうみたいだな」



 昨日の祝勝パレードで嫌というほど思い知らされた。


 僕とこの高級娼婦が仲睦まじく、お似合いであるということを。


 大変腹ただしいことであるけど。



「ティナは、その噂を知っているのか?」

「はい。なにせ、使用人達が毎日のようにティナに話していましたから」



 思わず舌打ちしそうになった。


 クソが、余計なことをしやがって。


 けれどこれで納得した。


 父親から故意に『僕が聖女のお守り役に選ばれたこと』を聞かされず、僕と会う機会がめっきり減り、噂のせいで蔑ろにされた挙句、僕と高級娼婦が仲睦まじい噂と姿を目の当たりにしたせいで、心優しいティナが婚約破棄を申し出たのか。


 本当、婚約者失格だ。


 だとしても……



「でも、僕とティナの婚約は王命のはずだよね。『国民が望んでいるから』という理由で婚約者を交換することは出来ないはずだよ」



 そう、この婚約は表向きは王命。


 そう簡単に覆せるわけがない。


 本当は、幼い頃に僕が父上を脅してティナと婚約したんだけど。


 すると、公爵が『待ってました』と言わんばかりにニヤリと笑う。



「ですが、王命では『エーデルワイス公爵家の娘との婚約』とされていたはずです」



 その瞬間、僕は理解してしまった。


 ティナとの婚約が破棄され、高級娼婦との婚約が成立した理由を。



「まさか、そこにいる女が『エーデルワイス公爵の娘』だから、婚約者を交換しても王命に背いていないから問題ないと?」

「左様です。ちなみに、これもティナが婚約破棄を申し出た際に言っていたことです」

「っ!」



『アルベルト様!』



 ティナ、僕は君をそこまで追いつめてしまったのか。


 世間や公爵家のことを考え、ティナ自らが婚約破棄を言い出すくらいに。


 本当に、ごめん。


 僕が、不甲斐ないばかりに。


 僕がもっとちゃんとしていれば……!


 すると、公爵が再び悲痛な表情をする。



「正直、今まで殿下に執着していたティナが、自ら婚約破棄を申し出るとは思いませんでした。しかし、ティナは心の底から殿下と聖女の幸せを……何より、この国のことを考えて自ら身を引く決断をしました」



 心優しくて賢いティナならきっとそういう決断をする。


 僕のことを第一に考えている彼女なら。


 ティナの決断を聞いて、大剣を握る手に力が入る。



「では、ティナは本当に僕の幸せを思って自ら身を引いたってこと?」

「そういうことです」



 そう言うと、公爵は深々と頭を下げる。



「ティナは殿下の幸せとこの国の安明を願っています。ですから、魔王討伐を通して目覚めた……真実の愛に結ばれた我が娘アリアと是非とも幸せになって欲しいのです」



 その時、僕の中の何かがプツリと切れた。


 真実の愛……そんなもの、最初からあったじゃないか。


 それなのに、僕の失態で……そして、後ろで悲しげな表情をする『聖女』が邪魔するせいで、真実の愛が零れ落ちてしまった。


 だったら……



「それじゃあ……」



 小さく笑みを零した僕は、剣の切っ先を公爵に向ける。



「この国、滅ぼしてもいいよね?」



 ティナに僕の気持ちが変わっていないことを証明するには、それくらいしなきゃダメだから。

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