今日の月ってきれいだなって、一緒に見たいんだよ

朝比奈 澪

第1話 月を見上げる夜

仕事帰りの街は、夜なのにまだ熱を帯びていた。

信号待ちで立ち止まるたび、車の排気と人々の会話が耳に押し寄せる。

同じ時間を生きているはずなのに、誰一人として私を見てはいなかった。

マンションまであと十五分。

疲れた足を引きずりながら歩く途中、ふと空を見上げる。

ビルの隙間から顔を出した月は、やけに明るかった。

まるで「ここにいるよ」と訴えかけてくるように、丸く光っていた。

「今日の月は、きれいだな……」

心の中でそう呟いた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。

――こんな月を、一緒に見たい人がいる。

だけどその人は、どこにもいない。

隣に立っているはずなのに、私の心には届かない場所にいる。

「俺が何をした?」

耳の奥にこびりついた声が蘇る。

その言葉は、私の痛みを無視するための盾。

そして同時に、私の心をえぐる刃だった。

夜風が頬を撫でる。

私は立ち止まり、月を仰ぎながら小さく息を吐いた。

――苦しい。

たったそれだけの気持ちを抱えながら、私はまた歩き出した。

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