第12話 体が柔らかい女子の方が気持ちいいって本当かなあ?



 四十八手。

 声に出して言うと、しじゅうはって、が正解らしい。


 ――四十八手というのは、相撲における決まり手などを名付けたもので、古くは室町時代から使われているらしい――、ウィキ●ディアより。


 ……というのはまあ全年齢向けの説明で、俺たちが話していた四十八手というのは【大江戸四十八手】と呼ばれる、いわゆる夜の営みで行われる四十八手のことだ。


 そして――その話を俺たちにしてきたのは、もはやお察しであろうがクラスメイトの谷であった。



 ◇ ◆ ◇



「じゃじゃーーん! おい脩! これ見てみろよ」


 いつの間にか俺を苗字から名前呼びにするようになった谷が、嬉しそうに俺の目の前に一枚の布切れをはらりと広げてくる。


「……なんだこれ」

「おっ、聞いたな脩? 四十八手手拭いだよ、四十八手」

「……しじゅうはって」

「なんだあ? 知らないなら教えてやるよ。四十八手ってのはな……」

「おい、馬鹿にすんな。それぐらい知ってる」


 自慢げに俺に説明してくる谷に俺は馬鹿みたいに答えてみせたが、俺だって四十八手くらい知っている。

 なんだこれ、と言ったのは単にぱっと見て、その手拭いに四十八手が書かれていることがわからなかったので口にしたもので、別に四十八手がわからずに聞いたわけではなかった。


「おっ、さすが如月先生。話が早い。これ、こないだ従兄弟から貰ってよお〜」


 そう言って楽しそうに聞いてくる谷は清々しいほどに健全な男子高校生だ。

 エロい話、下世話な話、女の子の話大好き。

 しかし俺は、谷のこういうところは結構好きだったりする。


「なあ脩。お前だったら、どの体位が一番いいと思う?」

「うう〜ん、そうだな……」

「……何、しじゅうはって、って」

「おわ、瑠偉、おま、寝てたんじゃないんかよ」


 俺の隣の席で机にうつ伏せになっていた瑠偉がむくりと起き上がると、谷が「おわっ」と言いながら驚く。


「……頭が痛かったから薬飲んでうずくまってた。……なに、しじゅうはってって」


 ついさっきまで自分の腕枕で寝ていたせいか、髪の毛が寝癖みたいな角度でほわほわ飛び出ているのがちょっと可愛い。

 ……可愛いから、ついでに四十八手の話も聞かなかったことにしてもらえないだろうか。


「ふっ……、おこちゃまだな瑠偉は。いいだろう。俺がお前に四十八手について、ぬぇっとり……、じぃっくり……、教えてやろう……!」

「おい、やめろ谷。瑠偉に余計なこと教えんな」

「……なんかわかんないけど、ちょっとやらしい話なのはわかった……」


 いや、ちょっとどころではなくだいぶやらしい話なんだけどな……。

 更に言うと、瑠偉にはあんまり聞かせたくないんだけどな……。

 どこの世界に、可愛い幼馴染の女の子に四十八手の説明を意気揚々とさせたいと思う男がいるだろうか。


「とにかく、お前にはまだ早いから。だから知らなくていい」

「……でも。脩は知ってるんでしょ」


 ――脩は知ってるんでしょ――と言われて、ぐっと言葉に詰まる。

 ……ええ、はい。僕は知ってますよ、僕はね……。


「脩も知ってるなら僕も知りたい。ねえ谷、教えて?」

「お、おお……? お前ら、俺を挟んで喧嘩すんなよ……?」

「……喧嘩なんてしてないし」


 どうやら、俺が瑠偉からこの話題を遠ざけようとしたのが逆に瑠偉の興味を引いてしまったらしい。


 ……う〜〜ん、俺、やらかしたなあ……。

 最初っから『結構えげつないよ』アピールをしておけばよかった。

 そうすれば、早い段階で引かれるだけで終わったかも知れなかったのに。


「……いや、あのな瑠偉、結構えげつないエロいのだし、見ないほうがいいと思うって言ってるんだけど……」

「えげつないエロでもいいよ。脩が知ってるなら僕も知る」


 ……はい。ダメですねこれ。もうダメです。

 これ以上頑張って説き伏せようとしてもこじらせるだけです。

 だったら素直に教えてやったほうがいい。

 人間、諦めも肝心です。


 結局そうして俺が「じゃあもう俺は止めません」と告げると、谷が瑠偉に嬉々として四十八手手拭いを広げ始めた。


 ……知らないって怖いなあ……。


「……裸の絵が書いてある」

「おう。だって四十八手ってのは、男と女がする時の体位の話だからな」

「……体位」


 谷の説明を聞いた瑠偉が、眉根を寄せて呟く。


「身体が柔らかいほうが気持ちいいって、本当なんかなあ〜〜」

「……どうだろな。まあ、そういう噂は聞いたことあるけど」

「………………」


 俺と谷がそんなくだらない話をしている間、瑠偉がなんとも言えない顔で両手に持った手拭いを見つめているのを、俺はハラハラしながら見つめていた。


 男子ってサイテー! とか、これだから男子は……! とか思われてないかと心配だったが、結局瑠偉はその後、谷に「教えてくれてありがと。ちょっとびっくりしたけど勉強になった」と言って手拭いを返していた。


 その後は特に何事もなく、再び四十八手の話が出ることもなく終わったので、このことはこれで終わったと思っていたのだ。


 甘酸っぱい青春の1ページとして。

 知らなかった大人の知識を少し知ってしまった事件として。


 誰が想像するだろうか?

 その夜、瑠偉が『身体が柔らかい女子のほうが気持ちいい』ということを間に受けて、真剣にストレッチを始めるだなんて。


 そしてそのストレッチの声が、ものすごく淫美に聞こえるだなんて。


 俺のいない部屋で、瑠偉が一人淫らな(?)ストレッチを始めたのには、こんな事情があったわけである――。


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