5.Fortissimo agitato――燕子花海輝と錆ネジ男

 数日後。夜半。

 あの日と違って青い月明かりが照らす路地裏で、俺と彼女は再び相まみえた。


「どーも」

「キミ……」


 俺を見つけた違法セーラーの目つきが鋭くなる。


「相も変わらず夜間徘徊ですか。連絡して補導してもらった方がいいですか?」

「警察が来て一番困るのはあんただろうに、よくもまあそう堂々としてられるな……」


 いっそ感心するわ。


「それで、何の用ですか? 鍵探しなら後日にしてほしいです」

「いや、今回は違う。――錆ネジ男に、会いに来た」


 その返答に、違法セーラーの目はますます細くなる。


「……今すぐ帰ってください。先にキミをぼこぼこにしてもいいんですよ」

「おっかねーな。だけど俺なんかに殺気を向けてる場合じゃないぞ。……来たみたいだ」


 横合いの道から近づく音に、俺は意識を向けた。

 ざりざりと不快な、金属片を踏みしめる足跡。背中が総毛立つような、輪郭のない不吉な感覚。

 目をやればそこに奴が、錆ネジ男が立っている。


「……よう」


 少し硬い声で、俺は錆ネジ男に声をかけた。返事はない。ただ悍ましい気配だけが増大する。心臓に悪い。


「下がって! この子は私が!」


 違法セーラーが叫ぶのを無視し、俺はつかつかと錆ネジ男に歩み寄り。

 そして思い切り足を跳ね上げた。

 天を衝くような上段前蹴り――だがそれは錆ネジ男に当たることはなく、顔面すれすれをかすり。

 そして、目深に被られた血染めの帽子を弾き飛ばした。

 隠されていた錆ネジ男の相貌が、月光の下に晒される。


「噂ってのは、本当に無責任なもんだよな――」


現れたのは、男子高校生の精悍な顔……



「錆ネジ男なんて名づけちまうんだからな……

 ボーイッシュでありながらも泣き黒子がチャーミングな、女子高生の顔だった。



絵理沙えりさ……っ!」


 露になったその顔に、違法セーラーが悲痛な声で呼びかけた。彼女の反応で俺は自分の推測が正しかったことを確信する。


、なんだろ。あんたの」

「……ええ」


 違法セーラーは小さく首肯した。


「やっぱりな。『あの子』なんて呼び方、通りすがりの怪人に向けるにしては同情と親しみが過ぎると思ったんだ」


 錆ネジ男に対する異様にも思える執着。その理由はなんてことはない。死んだ身内が化け物になって人を襲っているとなれば、あれくらいのことはするだろう。

 妹のものを借りたというセーラー服。それは予備ではなく遺品だったのだ。


「……なら分かりますよね。これは私の問題だと。無関係のキミは手出ししないでください」


 違法セーラーの冷たい声。妹の救済に水を差されてなるものかと、俺に向かって真っ直ぐに敵意をぶつけてくる。それはあまりにも悲壮な覚悟で、俺が部外者なら立ち入るべきではないと引き返しているところだ。

 だが。俺にだってここに立つだけの理由がある。


「いやだね、俺はこの件に手も口も出させてもらう。何せ友達ダチなんでね」

「――え?」


 困惑した彼女の声に構うことなく、俺は錆ネジ男に改めて声をかけた。



「何を化けて出てんだよ……


***


 佐治絵理沙は、俺の数少ない友人である。

 ボーイッシュな外見と口調で変わり者な佐治と、妙な能力に目覚めて髪まで真っ赤になり不良のレッテルを貼られた俺。

 お互いなんとなく学校で浮いていた俺たちはある事件をきっかけとして親しくなり、そこにひょんなことから出会った博士を後方部隊に加えた三人で怪人退治なんてやっていた。と言っても基本的に佐治の正義感や博士の研究に俺が振り回される形で、俺自身が積極的かと言えばそうは見えなかっただろう。


 だが、なんだかんだ俺は楽しかったのだ。


 時に危険な目に遭いながらも、三人で駆けずり回って非日常の世界を飛び回るあの日々が、何よりも。

 それはかなりヘンテコな形だったが、紛れもない青春の一ページという奴で。俺は多分世界で一番貴重で愉快な経験をしているんじゃないかと、そう思い込んでいた。


 そんな鮮やかな日々が唐突に終わりを告げたのが、数か月前のことだった。


 死別の覚悟がなかったわけじゃない。怪人退治の日々は死と隣り合わせで、それまでだって俺たちは何度も危ない橋を渡っていた。いつか別れる日を待たずとも、どちらかが死んでこの冒険は打ち切られる――そんな想像は、常に心の片隅にあった。


 その上で、正直に言えばそれはそれでいいとさえ思っていた。


 だって、それなら死ぬときは一緒だ。俺が死ぬにせよ、佐治が死ぬにせよ、一人じゃない。どうせ全ての命に終わりがあると言うなら、最期に友人が傍に居ると言うのは――あるいは友人の最期に一緒に居られるなら――それはきっと、救いのある終わりじゃないか?

 そう考えていた。最悪の場合でも最悪ではないと。


 でも、そうはならなかった。


 佐治はバトルもドラマもない単なる不幸な事故で一人寂しく死に、そんなことも知らずに呑気に寝ていた俺が佐治の死を知ったのは朝のホームルームだった。

 それからの俺はと言えば、クラス皆が出席したという葬式を欠席するわ線香を上げにもいかないわ、怪人退治に意味を見出せなくなって怪奇怪異との距離をとって、博士との連絡すら途絶えるわと何とも友達甲斐のない奴に成り下がっていたわけだが――。


 それでも、俺は佐治絵理沙の友人である。

 だった、と過去形にする気はない。

 だから――佐治の奴がやらかしているというなら、俺は友人として止めてやらないといけないのだ。


***


「確かにいつか『ボクも怪人になってみたい』とは抜かしてたけどよ――マジでなる奴があるか、この大馬鹿」


 俺の問いに、佐治は――錆ネジ男は答えない。スカした無表情でこちらを見つめている。……違和感が凄い。こいつはもっとコロコロ表情が変わる奴だったはずだ。泣き黒子の動きを、何とはなしに目で追った日々を思い出す。死んだらここまで変わっちまうのかよ。


「キミ、は……」


 俺が錆ネジ男にかけた言葉に、違法セーラーが反応する。そういや自己紹介もしてなかったなと思い、俺は名を名乗った。


「俺は燕子花海輝。佐治の……あんたの妹の、一番の親友だ」

「キミが燕子花くん……絵理沙を夜中連れまわしていたという、あの!」

「いや逆だ逆どっちかっていうと俺の方が佐治に連れまわされて――うおっとお!?」

「危ない!」


 身じろぎもしなかった錆ネジ男が、話の途中で突如として左手のネジを俺の頭に向かって突き出してきた。間一髪、違法セーラーが俺の襟首をつかんで引っ張ることで頭部を掠めたネジを回避することに成功。めちゃくちゃ首が締まったがこの際不問としよう。


「っぶねえな人の話を遮ってんじゃねえよ佐治テメエコラ!!」


 錆ネジ男は俺の抗議にも耳を貸さず、そのまま違法セーラーと鍔迫り合いを始める。無視すんなコラ。


「キミの気持ちは分かりましたが、こんな怪物になってしまった妹相手に立ち向かえるのですか!?」


 剣劇を演じながら、佐治の姉は俺に問いかける。その問いに、俺は胸を張って応えた。


「任せろ、こう見えて俺はあんたの妹と共に何度も怪人と渡り合ってきた。怪人退治の専門家と思ってくれていい」

「ではキミも戦う手立てがあるわけですね!?」

「ごめんそれは紛失中なのでそいつの相手はお姉さんよろしくお願いします」

「何しに来たんですかキミ!?」


 何をしに、と言われれば観察をしに来た。


 怪人との戦いは見極めが重要だ。相手が伝承型フォークロア転魔型フリークスかの判断は戦闘に於いて生死を分ける要因に成り得るし、転魔型フリークスであっても伝承に引きずられた特性を付与されていることもある。もっとシンプルなこと言うと、弱点を見抜くためにはよく相手を見なくてはいけない。


 そういうわけでチャンバラを違法セーラーに任せた俺は、腰を据えて錆ネジ男を見定める。


 錆ネジ男は、佐治の霊魂が噂により変質した転魔型フリークス伝承型フォークロアの合いの子のような存在だと思う。このタイプは核となる存在があるため単なる伝承型フォークロアよりも強いが、一方で実体がないために噂の影響も受けやすい。


 だが、俺にはいくつかの違和感があった。それを解き明かすことが、きっと佐治の解放に繋がる。そう信じて俺は二人の戦いを鷹のような目で観察する。


 二人の織り成す殺陣は相も変わらず凄まじい。違法セーラーが人間離れしているのもそうだが、生前の佐治を知っている俺はむしろ錆ネジ男の動きに驚嘆していた。いくら怪人に変質したとは言え、あの佐治がここまで強くなるものだろうか。あいつは運動がからっきしだった。

 錆ネジ男が左手のネジを、まるでドリルか何かのように回転させて突き出す。違法セーラーはそれを竹刀で弾いていなした。目標を外したネジが空しく左回転した……また、違和感。そうだ。奴は他人の頭のネジを抜き取るって話だった。襲われた人の症状もそれに合致している。ネジを抜くと言うなら、手に持つべきはネジじゃなく


 一つ一つ、言葉にならなかった違和感が疑問の形を得ていく。だがその疑問は積み重なるばかりで道を示さない。答えに辿り着けば何らかの景色が見えるのか? 違法セーラーだっていつまで保つか分からない。焦りを覚えながらも、俺は努めて冷静であることを心がける。


 錆ネジ男と違法セーラーの戦闘は一進一退……というよりは、全くの互角だった。事前に示し合わせた剣舞か何かのように、互いに攻撃を受け合い、いなし合っている。いっそ溜息が出そうなほど美しい。実の姉妹だからだろうか、二人の動きはよく似通っていた。まるで鏡写しのように――鏡?

 何気なく連想したその言葉が何か引っかかった。俺は改めて錆ネジ男を見返す。左手のネジを振り回す戦闘スタイル。佐治は右利きだったのに何故? それに――そうだ。顔を見た時に感じた違和感。あれは無表情だけが原因じゃない。右目の下の泣き黒子のせいだ。そう、


 それに気付いた時、俺の脳裏を電撃が駆け巡った。いくつかの情報が接続され一つの像を為す。もしかして、そういうことなのか? 思い描くのは全ての前提が崩れる仮定。もしかすると俺は出発地点から間違えていた? だがしかしそれだと説明できないことが一つある。錆ネジ男のあの強さ、存在強度は一体。混乱する俺をよそに、錆ネジ男が左手の獲物を振るう。闇の中でも浮き出して見える、淡く光る大きなネジ――待て、その光は。


 パチン、と全てのピースがはまる音が確かに聞こえた。


「アハハハハハハハハハハ!!!!! そーーーいうことかよ!!!!」


 突如哄笑を上げた俺に驚き、違法セーラーがびくりと体を硬直させた。そこに錆ネジ男の強烈な一撃が見舞われる。受けはしたものの踏ん張り切れなかった違法セーラーは大きく吹っ飛んだ。慌ててそれを受け止める。


「アハハハハ、わりーわりー。脅かすつもりはなかったんだ」

「な、なんなんですか急に! 邪魔するなら帰ってください、私は姉として何としてでもあの子を」

「そんなに気負う必要ねーよ。なんせあいつ、

「……はあ?」


 頭が変になったのかこいつ、と言いたげな顔。


「何言ってるんですか、どう見てもあの顔は絵理沙のものじゃないですか」

「戦ってる最中なら気付かなくても仕方ないよな。だけどよく見ろよ、あいつのチャームポイント。泣き黒子は?」

「……あっ」


 そう、錆ネジ男の泣き黒子は右目の下にあった。まるで本物と鏡写しのように。


「あれは佐治じゃない、ニセモンだ」

「えっ……じゃ、じゃあなんなんですか、妹の顔をしたあれは!」


 俺は知っている、そいつの名前を。動揺する違法セーラーを横にどかして立ち上がり、俺は『それ』の名を呼んだ。


「随分ふざけたナリしてくれるじゃねーかよ……



 みみくれさん。

 それは、錆ネジ男と入れ替わるようにして消えたはずの怪人。

 その名前は「耳を寄越せ」と迫るから……ではなく。

 ミミクリー……英語で「擬態」を意味する単語が転訛したものだという。

 その名の通り、みみくれさんは「人の姿を真似る」怪人だ。まるで鏡のように、見たものの姿を真似する怪異。

 そいつが佐治の姿を写しとったもの。それこそが怪人「錆ネジ男」の正体だ。



「血まみれの佐治をコピーしたのを目撃されて、それが赤錆のイメージと結びついて錆ネジ男の怪談が生まれた……ってとこだろうな。多分、噂が事故と結びついたのはその後だ」

「待ってください。だとしたらネジは一体どこから来たんですか」


 違法セーラーのその疑問は尤もだ。それに対し俺は少し気まずい思いを抱えながら返答した。


「悪い、それは俺のせいだ」

「はい?」


 そんな話をしていると、錆ネジ男が痺れを切らしたかのように襲い掛かってきた。頭に向かって突き出されるネジを、すんでのところで腕を掴み、なんとか止める。


「おいおい、まだ話の途中だってのにせっかちだな」

「燕子花くん! 離れて!」


 立ち上がろうとする違法セーラーを、俺は片手で制した。


「大丈夫だ、佐治の姉さん。もう戦う必要はない」

「はい……?」


 俺は頭頂すれすれに迫るネジを見つめる。ぼんやりと淡く光るネジ。その光を、俺はよく知っていた。


「まさかこんなとこにあったとはな……」


 それは、俺の『鍵』と同じ光だ。

 無くした鍵は、ネジへと姿を変えていた。


「お前、俺が以前やった『戸締り』を真似しやがったな?」


 俺の『戸締り』は怪人の頭部に鍵を突き刺し、精神の扉を『締める』ことで行う。こいつはどこかで俺の戦いを見ていたのだろう。そして佐治の姿を取った後に鍵を見つけ、一般人相手にそれを真似した。

 だがこいつのコピーは鏡写し。つまり、俺の『締める』右回転の動作は『開く』左回転となり――結果、精神の扉を強引に開けられて記憶喪失や精神錯乱を起こすものが続出。その症状と、「頭に何かを突き刺し、左回転させて引っこ抜く」というこいつの仕草が結びついたことで「錆ネジ男」の伝承は完成したのだろう。鍵がネジになったのは伝承イメージの強調か。

 ついでに言えば、錆ネジ男がここまで強いのも『鍵』を取り込んで存在強度が増したせいだと考えられる。博士曰く、『鍵』の力は強力なものらしいからな。


 つまるところ、この一件の発端は全部俺の失せ物にあるということで。それを考えると少しばかり気分も落ち込む。


 凄まじい膂力で少しずつ押し込まれるネジ先を見ながら、俺はそんなことに思いを馳せていた。


「燕子花くん! 危険です、そのままだと差し込まれますよ!」


 違法セーラーが叫んでいる。俺はそれに対し、ひらひらと片手を振って返した。


「ああ、いいからいいから。差し込みたいってんなら、差し込ませてやればいいんだ」

「何」


 を、と言葉が続くより早く。

 俺は、ネジを押し留める腕から力を抜いた。

 ずぷっ。

 ネジが、俺の頭に差し込まれる。


「――――!!!」


 違法セーラーが、声なき絶叫を発する。

 痛みはない。まあ知っている。何せこれは何度も自分でやってきたことだ。

 そのまま錆ネジ男は差し込んだネジを左回転させ――。

 かちり。

 扉が開く音がした。



 その途端、錆ネジ男を凌駕するほどの悪寒が辺りに吹き荒れた。



「!!!」


 脅威を感じたのか、錆ネジ男は俺の頭にネジを突き刺したまま大きく飛び退った。おいおい、アイデンティティー放棄かよ。


「な、なん、ですか、これ……!!」


 自らを抱きしめてガタガタと震える違法セーラー。俺は「離れた方がいいぜ」と言い残し、こちらを睨む錆ネジ男に目を向けた。その姿は巨大なプレッシャーに怯えているかのようにノイズが奔り、顔面も佐治のものから不特定な誰かのものへと移り変わりゆく。


「お前に言葉が通じるのか分からないけど教えてやるよ。この鍵は本来、作られたものだ」


 俺の精神に潜む怪物はあまりに凶悪だった。それをなんとか閉じ込めておくために作ったのが、この『鍵』だ。

 それを、こいつは自ら開け放ってしまった。

 ざわざわざわと、全ての毛が逆立つ。髪だけに留まらず、体中が咲き誇る血のような真紅に包まれていく。

 間近で見た佐治が称して曰く。それはまさに悪夢の顕現だった、と。


「よくもまあ、佐治の顔で散々好き勝手してくれたな――」


 俺は肉体を暴虐の化身に変じながら、怯える錆ネジ男に対して牙を剥き出しにした笑みを向ける。

 それは多分、草食獣が捕食される間際に見る景色と相似だっただろう。



「さあ。地獄が溢れるぜ」



 そして、俺は錆ネジ男を跡形もなく消し去った。

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