最後の審判②
アナイスは、結界で守られた討伐隊本部の前で、一人、満点の星空を見上げて佇んでいた。時折、弧を描いて流れる星の軌跡をいつまでも記憶にとどめるように、ずっと……。
討伐隊本部に控える誰にも、アナイスの転移は気づかれなかった。それを問題視したイザベラは、レオニーが杖に仕掛けた魔法をいじってアナイスの到達点を、本部の結界の中に指定しようとするがうまく出来ない。
そこで、アナイスが消えると発光弾を打ち上げ本部に知らせることになったが、その後も、アナイスは、何度も消え、その度にイザベラが転移魔法を使って迎えに行った。その数は、夜明けまでに5回を数えた。
イザベラは、転移魔法を度々使ったことで、疲労困ぱいしていた。
そこで、見るに見かねたオーギュストがアナイスに添い寝を提案、カチコチに固まったアナイスは、やがてすやすやと寝入り、それ以後は転移しなくなった。
それに気を良くしたオーギュストは、朝になってもべったり側を離れず、甲斐甲斐しくアナイスの世話を焼き、ついには、イザベラからアナイスの専属護衛の座を奪い取った。
専属護衛から伝令に身落ちしたイザベラは、苛立ちを隠せなかった。
アナイスのようなみすぼらしい小娘が、イケメン騎士オーギュストやキラキラした王子たちに囲まれ、ぬくぬくと過ごしているのが気に入らない。
自分だって、あの中に入りたいし、レオニーの加護がかかった杖も欲しい。葉っぱまみれの衣装は、さすがにノーサンキューだが……。
じと眼で、ずっと見ているとオーギュストが気づき、ニカッと笑った。
あいつ、許さん、煽りやがった……。
王子たちに目を移す。オーギュストがアナイスの側にいるのが気にはなるようだが、無言を貫いている。
なんせ、相手は子連れ要人指名率ナンバーワンの護衛騎士。その有能ぶりは、何度も目にしているし、一晩中、転移騒動でてんやわんやしていたのが、オーギュストがアナイスに付いた途端、落ち着いたのだから文句は言えない。
このことから、転移騒動は、アナイスが精神的に不安定だったからという結論に落ち着き、一行は、気合いを入れ直して新たに二日目の行程をこなすことになった。
一日目と同じように先発隊が先行し、マッドキャタピリア以外の魔物を駆逐してから本隊を呼ぶ。
本隊は、先発隊が待つポイントに後発隊を従えて行き、ロレンツィオ王子がバイオリンを演奏してマッドキャタピリアを眠らせ、その計測をベルナンド王子がする。
その間に、先発隊は出発。本隊は、後処理は後発隊に任せ、また先行した先発隊が待つポイントに行ってマッドキャタピリアを退治する。この繰り返し。
ただ、森の奥に進むにつれ魔物の種類が増えてきて、先発隊が、初日のように簡単に魔物を片付けられなくなった。
夜間、アナイスが転移する度に発光弾を打ち上げたことが、魔物を刺激したのだろうか。そうとしか思えない位、想定外の魔物が突然行く手に現れるようになった。
魔物は、絶命させると瘴気を放って消え、後には硬い石のようなものが残る。ナルスタス王国では魔核と呼んでいるのだが、ものによっては宝石のように美しくきらめき、魔力を蓄えることが出来るため、お守りとして人気がある。加工して売れば、国の収入源にもなるので、魔物討伐の証拠も兼ね、一つ一つ拾って持ち帰る。
その魔核が、異常に貯まっている。軍属魔術師が空間収納箱に入れ保管しているのだが、「もう、きちきちだ」と嘆いている。先発隊の兵士たちも、矢継ぎ早に現れる魔物の相手で、へばっていた。
本隊が先発隊に合流すると、初日は、体験者に気を遣い何事もなかったかのように振る舞っていた先発隊の面々が、二日目になると、息も絶え絶えに倒れている。
そのような光景を目の当たりにするようになった王子たちは、プライドを捨てて撤退した方がいいのではと、話し合うようになった。
だがもう遅い。マッドキャタピリアしか残っていないはずのポイントに、新たに見たことのない魔物が出現したのだ。それらは、雄叫びをあげて本隊に襲いかかる。
「待て!」
アナイスがとっさに杖を出し、魔法を発動させる。魔物たちは、一瞬動きを止めたものの、その直後には、更に獰猛な声を上げてアナイスに襲いかかった。
オーギュストが身を挺して守る。彼の青い騎士服が、みる間にどす黒い血で塗り替えられていく。
「やり直し!」
オーギュストの血を止めたくて、アナイスは懸命に叫ぶ。だが、出血は止まらない。代わりにイザベラが、何やら呪文を唱える。彼女の両手の平から、柔らかい光が出てオーギュストを包む。彼女は、治癒魔法が使えるのだが、それも、出血を一時的に止めるぐらいで、傷口をふさぐまでにはいかない。
「消えろ!」
アナイスは、魔物に向かって命令する。だが、何の効果もないどころか、魔物は更に凶暴になり、鋭く尖った鈎爪を振り回し襲いかかる。
「アナイス!」
ベルナンド王子が、アナイスをとっさに突き飛ばす。その邪悪な鉤爪は、王子の服を切り裂き、肉をえぐった。そのえぐられた跡から、じわりと血がにじみ出る。
「ぐぅ」
ベルナンド王子が痛みに顔をゆがめる。その様子を目の当たりにしたロレンツィオ王子は、とっさに手にしたバイオリンでその魔物を殴りつけた。
このっ、このっ、このっ……。
力任せに魔物を殴りつけながら、ロレンツィオ王子が叫ぶ。
「アナイス!杖で殴った方が早いのではないか?」
アナイスは、口をきゅっと一文字に結ぶと、手にした杖を魔物めがけてめちゃくちゃに振り下ろした。(消えろ!消えろ!消えろ!……)と、心の中で唱えながら。
二人の怒りにまかせためちゃくちゃな攻撃は、致命傷には至らないものの魔物を怯ませるには十分だった。
「離れて!」
軍属魔術師たちが集結し、魔法陣を出現させてアナイスたちの盾にすると同時に、その指先から青い炎を放つ。あっという間に炎に巻かれた魔物たちは、断末魔の叫びを上げ苦しみながら消えていった。
「私は、これでリタイアします。討伐隊を組んでくださった皆さん、このようなことになってしまい、誠に申し訳ありません。これからは、意地を張らずに生きていきます。本当にありがとうございました」
バキバキに壊れたバイオリンを手に、兵士たちの前で殊勝に頭を下げるロレンツィオ王子。王子の隣で、消えなくなった歪んだ杖を手に神妙な顔をしているアナイス。
ベルナンド王子は、無の境地にいる。大地に力なく横たわったまま。
体験学習者三人組のトライアルは、リタイアという形で二日目の昼過ぎに幕を下ろした。
しょぼくれた空気を打ち消すように、総隊長が腹から努めて明るい声を出す。
「よーし!撤収!本部に戻ろう。怪我人は大丈夫か?」
大地に横たわるオーギュストとベルナンド王子が、ふらふらと片手を上げる。幸い、大きな怪我をしたのは、この二人だけだ。二人に共通するのは、アナイスをかばって怪我をしたこと。その二人をどうやって運ぶかで、意見交換がなされる。と、後方の藪がガサゴソ動き、何やら声がした。
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