第3話:家入くんの手料理食べてみたいな

 どうしてこうなった。


 高校入学以来、友達はおろか知り合いと呼べる間柄の同級生すらいなかった僕。


「ごめんね、私のぶんまで袋持ってもらっちゃって。重たいよね?」

「ううん、気にしないで。これくらい平気だよ」


 そんな僕が、学校のアイドルと一緒に下校している。


 しかも行き先は僕の自宅。当然、これまでクラスメートを招いたことは一度もない。


家入いえいりくんち、どんな感じか楽しみ!」


 左隣を歩く星名ほしなさんは、期待に胸を膨らませている。


 一方の僕は、同級生に遭遇したりしないかヒヤヒヤだった。僕みたいな陰キャぼっちと二人で歩いている場面を目撃されたりでもしたら、星名さんの株が下がることにつながりかねない。


「つ、着いたよ」

「え、ここって……」


 僕たちの前にそびえ立つのは、一軒のアパート。「家入」の表札が掛かっているのは、出入り口から最も近い一階の101号室だ。


「家入くん、もしかして一人暮らしなの?」

「うん、高校進学を機にね」


 もともと、タイミングについてはずっと考えていた。僕はインフルエンサーとして稼いだわずかばかりの収入があったから、周囲に金銭的な負担を強いることがなかったのは幸いだ。


 101号室の扉を見つめる星名さんの表情は、どことなく不安げだ。


「や、やっぱり止めとく? 一人暮らしの男の家に上がるなんて色々アレだし……!」


 我ながら気持ち悪いことを言っているという自覚はある。でも、まったく触れないのもそれはそれで不誠実な気がしたのだ。


「……ううん、迷惑じゃなければ上がらせてほしいな」


 星名さんの答えは変わらなかった。


 その瞳に湛えているのは、一種の覚悟だった。スーパーでの口ぶりからして、まさか我が家でお茶しようってわけでもあるまい。


「むしろ、私としては好都合かも」


 そう言って、星名さんは小さく笑う。


 ますます彼女の真意がわからない。一瞬だけ都合のいい妄想をしたが、すぐに頭の中で打ち消す。学校のアイドルが僕なんかにそんな感情を抱くはずもない。


「……じゃ、どうぞ」


 部屋は昨日掃除したばかりだったので、そのまま星名さんを招く。


「お邪魔します」


 玄関に、女性もののローファーが並ぶ。なんか変な感じだ。


 僕が暮らす部屋は、シンプルな1DKだ。廊下の左手にユニットバスがあり、奥に生活スペースが構えている。左側が寝室で、右側がダイニングキッチン。僕は右側の扉を開けた。


 扉を隔てた先の空間には、右手に四人掛けのテーブル、左手に食器棚。奥側にキッチンと冷蔵庫が並ぶ。


「なんかすっきりしてるね。家入くんちって感じ」


 借りてきた猫のように、きょろきょろと室内を見回す星名さん。彼女は僕にどのようなイメージを抱いているのだろうか……。


 星名さんを席に座るよう促し、グラスにウーロン茶を注ぐ。彼女の前に差し出すと、「ありがとう」とグラスに口を付けた。


「……それで、僕に何か頼みがあるんだよね?」


 向かいの席に腰を下ろし、僕もウーロン茶を一口。茶葉が濃いめだから、口当たりがキリッとしておいしい。


「その……」


 星名さんは、なかなか続きを言おうとしない。こういう時、人付き合いの経験値が豊富だったら、もっとスマートに誘導できるのだろうか。


 しばらくの沈黙が続いた後、意を決した様子で星名さんが口を開く。


「私に……料理を教えてほしいの」


 その声は、かすかに震えていた。この一言を発するまでに、一体どれだけの勇気を振り絞ったのだろう。


「僕に? 料理を?」

「うん。家入くん、お買い物上手だったし。料理も得意なのかなって」

「まあ、どちらかと言えば得意かもしれないけど……」


 星名さんは、スクールバッグから取り出したスマホをテーブルに置き、何やら操作を開始する。そして画像を表示してこちらに向けてくるのだが、なぜか彼女の頬は赤くなっていた。


「……これは?」


 画面にはいくつもの炭が映っていた。BBQの準備の様子だろうか。


「私が作ったの。玉子焼き」

「ワァ……」


 思わずマスコットみたいな声が漏れてしまった。


 その後も星名さんは画像をスワイプしてくれるのだけど、映っているのは大小様々な炭だったり、形を失った半液体だったり。


「……上手になりたいの、料理」


 今や星名さんは、頬だけでなく首まで赤く染まっている。


 それでも、どうして僕なんだろう。星名さんなら料理上手な知り合いなんていくらでもいそうだけど。というか、普通にご両親に頼めばいいのでは。


 そんな考えが浮かんだ直後、己の浅はかな思考を軽蔑する。


 僕みたいな人間でも思いつくようなことを、星名さんが検討していないはずがない。きっと彼女には、ご両親に力を借りられない事情があるのだ。




 僕が両親に頼らず一人暮らしをしているように。




「……ごめん、星名さんのお願いは聞けない」


 とはいえ、彼女の要求を呑めるかどうかは別の話だ。


「……理由を訊いてもいい?」

「僕なんかを頼ってくれるのは素直に嬉しいと思う。でも自分で料理するのと、人に教えるのはまったくの別物なんだ」


 かつてレシピ本を出版した際、掲載内容は過去のSNSの投稿をベースとした。それでも改稿時には、おびただしい量の指摘や修正が入った。


 原因は、僕の文章が伝わりにくかったからだ。苦肉の策としてライターさんに丸ごとリライトしてもらって、なんとか発売には間に合ったんだけど。


 小学校の頃から国語の成績が1だった僕は、自分の考えを他人に伝えるのも苦手だった。説明とは、気持ちや客観的事実を相手に伝達すること。ましてや友達がおらず、人とのコミュニケーションに不慣れな僕が、まともな文章を書けるはずがなかった。


 言い方を変えれば、僕は自分のためだけに料理をしていた。


 僕にとって料理はただの趣味であり、自己満足なのだ。


「もちろん、家入くんに全部お願いするつもりはないよ。私が作っているのを横で見て、間違いがあれば指摘してくれるだけでもいいの。ちゃんと授業料も払うし!」


 星名さんの依頼を断る理由はないように思える。むしろ僕以外の男子ならふたつ返事で了承するだろう。


 僕はテーブルの向かいに座る少女を注視する。


 高級シルクを連想させる滑らかな髪、黒真珠のように澄んだ瞳、整った顔立ち。ビジュアルが優れているだけでなく、成績も学年上位でおまけにクラス委員長。こんな人に料理を教えられるなんて、生涯の誉れだ。


 それでも、僕は。


「……やっぱりごめん。自信が、ない」


 きっと星名さんは、僕に失望しただろう。恥ずかしさを押し殺してまで頼んでくれたのに、その相手は意気地なしときた。


「……そっか、わかった。無理強いはいけないよね」


 けど、星名さんは僕を責めることなく、静かに頷いた。あっさり受け入れてくれたことが、逆に僕の罪悪感を加速させる。


「でも最後に、ひとつだけいい?」

「なに?」

「せっかくだし、家入くんの手料理食べてみたいな」

「僕の……手料理?」


 まあ、こちらの身勝手な事情で断ってしまったのだ。これくらい応じてあげてなきゃ、バチが当たるというものだ。


「……いいよ。あまり手の込んだものはできないかもしれないけど」


 星名さんは「やった」と、手元で小さくガッツポーズを作る。


 まさかクラスメートに手料理を振る舞うことになるなんて、数時間前までは想像もつかなかった。


 でも、先ほどまで胸中を占めていた拒否感はだいぶ薄れていた。


 星名さんに、少しでもおいしいものを食べてもらいたい。料理とは、喜ぶためにあるものなのだ。




 気持ちを切り替え、僕はキッチンに移動する。

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