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「でも兄さんも良かったの? こっちに帰ってきて。リタの時もそうだったけど、主席で卒業って事は帝都の本部の方から声掛かったりしてたんじゃない?」
用意されたお茶菓子をお供にコーヒーを飲む兄ちゃんにミカがそう問いかける。
「ありがたい事にな。だけどその上で丁重にお断りした」
「えー勿体ないよ。都会の方が栄えていて暮らしやすいだろうし、本部所属の方がお給料も高い訳だから……それに出世コースとかも本部の方が良い感じでしょ?」
「そりゃまあその辺は一理どころか二里三里と有るけどよ、そもそもリタと同じで出世する為に頑張ってきた訳じゃねえからな。狙っている写身が何処にいるか分からない以上、帝都に居なきゃならねえ理由もねえ。だったら俺もリタと同じで地元に居たい派だな」
「地元に居たいって事は兄ちゃん、ホームシック拗らせちゃってた?」
「理由そこじゃねえよお前と同じって言ったろ。それだとお前もそういう事になるぞ」
「うん、まあ私の場合一割位は……」
「「そっかぁ……」」
地元好きだしね、うん。
家族も友達も皆こっちに居るし。
地元大好き! 地元最高! ウェイ!
とはいえ一割だけどね。
結局私は……私達は、ミカの近くに居たいんだ。
どこに居ても変わらないなら。タイムリミットが何時までか分からないのなら。
ちゃんと家族の時間を大事にしたい。
「……」
「? どうしたのリタ? 何か考え事?」
「言っとくけど別にホームシックは恥ずかしい事じゃないと思うぞ」
「いや、そういうのじゃないよ。ははは……」
苦笑いを浮かべながら、自分に言い聞かせる。
…………駄目だ、タイムリミットとか考えるな。
そこを迎える前提の事は考えるな。
そういう風に考えるけど。考えるようにはしているけど。
きっと地元に帰ってきた理由の一割程はそういう事なんじゃないかと思う。
私も、兄ちゃんも。
と、そんな風に不定期に浮かんで来る邪念を振り払っていると、リビングの受話器が鳴った。
「あ、私出るね」
マグカップを置いてそう言った私は、音の鳴る方へ駆け寄り受話器を取った。
「もしもしウェルメリアです」
『その声はリタだね! 良かった予想通り家に居た!』
「アイザックさん?」
聞こえてきた男性の声は、滅魂局第62支部支部長のアイザックさんだ。
「い、いますけど……もしかして早く来い的な感じですかね? 私それなりにゆっくりしてきて良いって言われてた気がするんでコーヒーの一杯や二杯位……」
軽い感じにそう返すが、返って来る言葉は珍しく重く鋭い。
『いや、すまない! ほんとすまない! ゆっくりしていて良い筈だったんだが緊急事態だ!』
「緊急事態?」
『管轄内に写身が出たんだ! それもよりにもよって術師体だ!』
「術師体……マジですかそれ!?」
アイザックさんは常日頃からしょうもない嘘を吐いたりはするけれど、まず間違いなくこんな嘘を吐く訳が無いし、嘘でないからこそ洒落になってない。
本当に緊急事態だ。
今日兄ちゃんが駆除した写身はおそらく標準タイプ。
普通の人間をコピーした通常の写身だ。
そんな写身相手に私達滅魂師は再生阻害の術式を組み込んだ魔術を使って戦う。
では、そんな戦闘用の魔術という技能を扱える人間の写身が現れたとすれば……それはとても大変な脅威となる訳で。
それが術師体。
高い身体能力に加え、術師の経験を引きずり出し直感的に魔術まで使って来る化物。
殺傷力がある魔術の習得は滅魂師以外に認められていない為出現は稀だが、通常の写身より遥かに脅威。
それが今日、現れた。
「場所と状況は!? 私はどう動けば!?」
『通報が有ったのはキミの家の近くの郵便局! 僕達も今車を出して向かってるが距離がある! 可能なら現場に急行して足止めしてほしい! ただ絶対に無理はしないでくれ!』
「了解!」
そう答えて勢いよく受話器を置いて振り返る。
「ごめんミカ! コーヒー残ってるけどちょっと行ってくる! あと兄ちゃんは此処で待機!」
「待機っておい! 俺も──」
「待機!」
「気を付けてねリタ!」
兄ちゃんとミカの声を背に、勢いよく玄関まで駆け家を飛び出した。
兄ちゃんは状況を察して刀を手にスタンバってたけど、流石にこの状況で主席卒業とはいえ入隊式も済ませていない新人を前線には引っ張り出せない。
私と二人だけで術師体に挑ませるのは酷だ。
だから此処は私一人で良い。自分の体ぐらいなら自分で責任を持てる。
だけど兄ちゃんは十中八九追ってきてくれるから……そうなる前に終らせる。
いや……そんな事は関係なく、少しでも被害を抑える為に最短で終わらせる。
「仕事、開始ィッ!」
強化魔術を発動させ、元々抜群だと思っている身体能力を更に引き上げ地を蹴った。
全力疾走だ。
人混みだったり狭く入り組んだ道だとこうはいかない。
良くも悪くも田舎な地元の良くもの部分。
警報が鳴り響く中で逃げてくる人を掻い潜る為の十分な余裕がある。
そうして田舎町を全力疾走していると目的地にすぐに到達し、視界に捉える。
郵便局。
そこから獣のように四足歩行で勢いよく飛び出して来た黒いスーツを着た成人女性。
滅魂師の写身。
視覚的にも、術式を通じて感じ取る反応的にもそれは確定的。
……それを見て改めて思う。
やっぱりコイツ相手に足止めなんて生温い事は考えちゃ駄目だと。
コイツが存在している限り、目の前の化物と同じ姿をした誰かが苦しみ続ける。
そして自分と同じ姿、同じ声の化物が醜い姿を晒し続けるんだ。
やっぱりどう考えても、写身は一分一秒たりともこの世界に存在させてはいけない。
「ぶっ潰す!」
接近しつつ軽く5メートル程跳び上がって右腕を突き出し、斜め上から写身に照準を定める。
放つのは中近距離射程の固めた魔力を押し込む魔術弾。
この角度なら建造物への被害は無し。
先制攻撃。
あの化物が何かをしてくる前にコイツでぶち抜く!
「っらあああああああああああああああああああッ!」
次の瞬間、魔術弾を射出。
並大抵の相手ならこの一撃で屠れるし、並大抵の相手ならこの一撃を躱せない。
「……ッ」
故に地面を抉るに留まったという結果は、あの化物が並大抵から逸脱している事を意味する。
「この野郎……ッ」
躱された。
それも超高速で地を蹴り空を蹴り、次の瞬間には私の背後だ。
理解する。
そもそも写身の身体能力が人間離れしているとはいえこの速度。
世界広いしご存じないけど、体パクられた側は相当な実力者だ。
つまり術師体でも上澄み。
……マジで兄ちゃんを置いて来て良かった。
動きを捉えつつそう考えながら背後に板状の結界を、何も無い空間に無理矢理固定して展開。
本来結界は何かしらの土台になる物を基盤として固定し運用するのが基本の為、このやり方では硬度が落ちるけど、それでも結界術は私の得意分野だ。
最低限の硬度は確保できている筈。
だけどそれでも恐らく放たれるであろう攻撃を防げると思う程楽観的じゃない。
でもそれでいい。
展開直後、右手で結界に触れ腕力で跳んだ。
その次の瞬間、体勢を立て直す私の視界に、結界をぶん殴って破壊する写身の姿が映る。
躱せた。
写身がやったような空中での移動を、結界を使って行った訳だ。
「……ッ」
破砕し硝子片のようになった結界が腕を掠り抉って鋭い痛みが走るけど、負ったダメージはその程度。
あの拳が直撃していたら一発で病院送りだったと考えれば安い。
「痛ったい!」
……いや安くない!
普通に泣きそうになる位痛いんだけども!
全然安くねんだけど馬鹿じゃないのふざけんな!
……これじゃまたミカに。お父さんとお母さんに。
今日は兄ちゃんにも、余計な心配を掛けてしまう。
痛み以上にそれが嫌だ。
だからこれ以上は掠り傷一つも負ってやるつもりは無い。
その為にも勝つイメージを脳内で構築し、次の手を展開する。
「ぐ……ッ」
歯を食いしばって血塗れの右腕を動かし照準を合わせる。
放つのは再び魔術弾だ。
使用する術式は変わらない。
術式だけは変えない。
立ち位置が変わった今、写身に上を取られた今、射線上に余波で傷付く建物は無いわけで。
細かい事を気にせずぶち込める。
フルパワーだ。
つまり最高速。
「消し飛べえええええええええええええッ!」
次の瞬間、回避行動を取ろうとしていた写身に渾身の一撃が炸裂する。
当然だ。外れてたまるか。
そして当たったからには息の根を──。
「っしゃあ! ざまあみ…………マジ?」
衝撃波に弾き飛ばされ全身の骨がぐちゃぐちゃになっている筈の写身の正面に、巨大な魔法陣が展開される。
私の全力をモロに喰らってもまだ息があるとか化物か?
いや写身だから化物そのものだ……ってそんな事より!
「……ッ!」
間違いなく……ヤバイ。マジでヤバイ。
多分写身はもうまともに動けないと思う。
このまま地面に落ちてぐちゃって倒れ込んで、後はトドメを刺すだけ。
きっとそんな状態だ。
だがまだ息の根が止まっていないなら、その瞬間まで攻撃は止まない。
直接動けないなら魔術を放つ。
攻撃性の高い写身なら当然の行動だ。
ではあれだけの速度で動き回る強者をベースとして生まれた写身が展開する魔術攻撃は、果たしていかなる脅威となり得るか……それが分かんないからヤバいんだ!
最悪な事態を想定しないといけない!
「クソッ!」
滑るように着地しながら少しでも高強度の結界を張れるようにスタンバる。
何が飛んできても私一人で躱すだけなら何とかできると思う。
だけどそれで良いなら最初から全力の魔術弾をぶっ放してるわけで……つまりそう簡単にはいかないんだ。
いかせちゃ駄目なんだ。
「来い!」
言いながら構えを取る私の視線の先で、写身が作り出した魔法陣がエゲツなく強く発光する。
直感で理解した。
これは正直洒落にならない位ヤバい奴だ。
「あ、ちょ、やっぱ嘘! 来んな来んなこれ絶対ヤバ……」
情けないがちょっと震えた声でそう言葉を漏らした私だけど、なんとか途中で止められた。
止めてくれた。
「兄ちゃん!」
写身の更に向こうから刀を構えて跳び上がり、空中で写身に急接近する兄ちゃんが見えた。
待機って言ったのに予想通り走って追いついて来た。
追いついて来てくれた!
「人んちの妹に危ねえもん向けてんじゃねえよッ!」
聴いた事も無いような怒鳴り声を上げながらその手の刀を振り下ろす。
だが真っ二つという訳にはいかない。
この写身はそれだけ固いんだ。
それでも鈍器で叩き落とされるように、術式の展開が止められた写身は地面に叩き落される。
それを見て私は写身目掛けて全力で走り出した。
「ナイス兄ちゃん!」
そう叫びながら距離を詰めた私は、倒れた写身まで5メートル程の地点で体勢を低くして掬い上げるように地面に触れた。
次の瞬間、防御用に構築していた壁の形状の結界が写身の真下から勢いよく生え、打撃を与えつつ再び頭上へと弾き飛ばす。
後はもう一度、魔術弾を。
「今度こそおおおおおおおおおおッ!」
次の瞬間、射出された魔術弾が再びが写身に直撃。
写身を勢いよくぐちゃぐちゃに弾き飛ばす。
これでとりあえず息の根は止められた筈だ。
……まあこういうので慢心して反撃喰らったら洒落にならないから、ちゃんと確認するまでは気が抜けないんだけど。
というより息の根を止めてもまだ終わりじゃないから気は抜けないんだけど。
「リタ!」
だからこうして一目散にこちらに走ってきて、私の前で立ち止まった兄ちゃんは滅魂師としてはちょっと減点。
兄ちゃんとしてはとても良いと思うけどね。
「おいリタ大丈夫か!? ってお前腕からすげえ血ぃ出てんじゃねえかよ!」
「あー大丈夫大丈夫。これ返り血だから」
「いやいや流石に嘘だろ! 分かるからな! お前の兄ちゃんで医者の息子の俺を舐めるな!」
「それ以前に滅魂師なんだから。まずはやるべき事をやろうよ」
「……お前を心配する事はやるべき事じゃなかったか?」
「違う違う。兄ちゃんがやるべきだったのは、写身が死んだかどうかを確認するか、もしくは私の横さっさと通り抜けて郵便局の方に行って安否確認と怪我人が居たら応急処置」
「……」
「写身の方はどの道私じゃないと消し飛ばせないから。兄ちゃんは向こうの方お願い。あの強さの術師体が暴れてるから酷い事になってるかもしれない。急いで」
「分かったけど……とにかくお前も止血な! つーか一回家帰って処置してもらってこい!」
「だから返り血だって。ほらさっさと行った行った」
言いながら私はポケットに入っていたハンカチで傷口を抑えつつ、写身をぶっ飛ばした方に向かって走り出す。
「あ、これ返り血吹いてるだけだからね!」
「……やっぱ地元に帰ってきて良かったよ」
後ろから兄ちゃんのため息交じりの声が聞こえる。
どっちが正しいかは置いといて、いつも心配掛けて申し訳ないなとは思うよ。
……もっとしっかりしないと。
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