第3節 優等生ユリウス
翌日の講義は、実技演習だった。
広々とした訓練場に、新入生たちが整列する。空には結界が張られ、術式の失敗や暴走にも対応できるようになっていた。
「では──代表して、ユリウス・ラインハルト。模範を示せ」
教師に呼ばれ、銀髪の少年が一歩前へ進む。
その姿は自然と人目を引いた。均整の取れた体格、氷のように澄んだ瞳。歩くだけで空気が変わる。
「承知しました」
ユリウスは微笑み、指先に一枚の呪符を浮かべた。
次の瞬間、光の粒子が走り、龍の形をした式神が訓練場の空を駆け上がる。
透明な鱗が太陽の光を反射し、虹色の軌跡を描いた。
「すごい……」
「やっぱり別格だな」
ざわめきが広がる。
教師でさえ「見事だ」と頷いた。
ユリウスは続けざまに印を結び、AI端末を操作する。
端末のスクリーンには数式とアルゴリズムが流れ、龍の動きが最適化されていく。
炎を吐く角度、速度、精度──すべてが合理的に制御され、無駄がない。
「これが……“AI陰陽術”か」
周囲の生徒が息を呑む。
従来の陰陽術は感覚や直感に頼る部分が多い。だがユリウスは、AIを媒介にすることで完全な数値化と再現を可能にしていた。
それは未来の陰陽師の姿。
湊のような古びた鉛筆で呪符を描く人間とは、天と地ほどの差だった。
◆
演習が終わると、生徒たちは歓声をあげながらユリウスの周りに集まった。
「さすがだよ、ユリウス!」
「もうAランクどころか、卒業後は確実に要職だろ」
その中心で、ユリウスは余裕の笑みを浮かべている。
そして──ふと視線を逸らし、湊を見つけた。
「……」
目が合った瞬間、湊の心臓が跳ねた。
逃げ出したいのに、足が動かない。
ユリウスは人混みを抜け、まっすぐこちらに歩いてくる。
「篠原湊、だったな」
低く、よく通る声。
教室のざわめきが一瞬止まり、周囲の生徒が二人を見守った。
「昨日の判定、見ていたぞ。ゼロ──あれは笑わせてもらった」
挑発的な笑みを浮かべながら、ユリウスは近づいてくる。
湊は拳を握りしめた。
「……別に、笑われるのには慣れてる」
「そうか。ならば、この学園にいる意味はあるのか?」
周囲から「おいおい」と笑い声が漏れる。
ユリウスは一歩さらに近づき、囁くように言った。
「──俺は、お前が隠しているものを暴くつもりだ」
その瞳は氷の刃のように鋭かった。
まるで、湊の奥に眠る“言霊”の存在を見透かしているかのように。
「ち、違う……俺は何も……」
否定しようとした瞬間、また声が響いた。
──〈恐れるな〉。
耳の奥で鳴り響く禁忌の囁き。
湊は歯を食いしばり、なんとか飲み込んだ。
ユリウスは薄く笑い、背を向けた。
その後ろ姿を、湊はただ見つめるしかなかった。
◆
──優等生ユリウス。
AIと契約した未来の象徴。
そして落ちこぼれ湊の、最初の“敵”だった。
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