第3節 優等生ユリウス

翌日の講義は、実技演習だった。

 広々とした訓練場に、新入生たちが整列する。空には結界が張られ、術式の失敗や暴走にも対応できるようになっていた。


「では──代表して、ユリウス・ラインハルト。模範を示せ」


 教師に呼ばれ、銀髪の少年が一歩前へ進む。

 その姿は自然と人目を引いた。均整の取れた体格、氷のように澄んだ瞳。歩くだけで空気が変わる。


「承知しました」


 ユリウスは微笑み、指先に一枚の呪符を浮かべた。

 次の瞬間、光の粒子が走り、龍の形をした式神が訓練場の空を駆け上がる。

 透明な鱗が太陽の光を反射し、虹色の軌跡を描いた。


「すごい……」

「やっぱり別格だな」


 ざわめきが広がる。

 教師でさえ「見事だ」と頷いた。


 ユリウスは続けざまに印を結び、AI端末を操作する。

 端末のスクリーンには数式とアルゴリズムが流れ、龍の動きが最適化されていく。

 炎を吐く角度、速度、精度──すべてが合理的に制御され、無駄がない。


「これが……“AI陰陽術”か」


 周囲の生徒が息を呑む。

 従来の陰陽術は感覚や直感に頼る部分が多い。だがユリウスは、AIを媒介にすることで完全な数値化と再現を可能にしていた。

 それは未来の陰陽師の姿。

 湊のような古びた鉛筆で呪符を描く人間とは、天と地ほどの差だった。



 演習が終わると、生徒たちは歓声をあげながらユリウスの周りに集まった。


「さすがだよ、ユリウス!」

「もうAランクどころか、卒業後は確実に要職だろ」


 その中心で、ユリウスは余裕の笑みを浮かべている。

 そして──ふと視線を逸らし、湊を見つけた。


「……」


 目が合った瞬間、湊の心臓が跳ねた。

 逃げ出したいのに、足が動かない。


 ユリウスは人混みを抜け、まっすぐこちらに歩いてくる。


「篠原湊、だったな」


 低く、よく通る声。

 教室のざわめきが一瞬止まり、周囲の生徒が二人を見守った。


「昨日の判定、見ていたぞ。ゼロ──あれは笑わせてもらった」


 挑発的な笑みを浮かべながら、ユリウスは近づいてくる。

 湊は拳を握りしめた。


「……別に、笑われるのには慣れてる」

「そうか。ならば、この学園にいる意味はあるのか?」


 周囲から「おいおい」と笑い声が漏れる。

 ユリウスは一歩さらに近づき、囁くように言った。


「──俺は、お前が隠しているものを暴くつもりだ」


 その瞳は氷の刃のように鋭かった。

 まるで、湊の奥に眠る“言霊”の存在を見透かしているかのように。


「ち、違う……俺は何も……」


 否定しようとした瞬間、また声が響いた。


 ──〈恐れるな〉。


 耳の奥で鳴り響く禁忌の囁き。

 湊は歯を食いしばり、なんとか飲み込んだ。


 ユリウスは薄く笑い、背を向けた。

 その後ろ姿を、湊はただ見つめるしかなかった。



 ──優等生ユリウス。

 AIと契約した未来の象徴。

 そして落ちこぼれ湊の、最初の“敵”だった。

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