『落ちこぼれ陰陽師は、禁じられた“言霊”で世界を繋ぎ直す』
霧坂レイ
プロローグ
雨は、都市を洗い流すはずなのに。
濁った川のように、街路の隙間に黒い水たまりを残していた。
人工知能が交通を制御し、ドローンが空を飛び交う巨大都市〈仙都〉。だがその夜、ビル群を照らす光は、どこか不自然に揺らいでいた。空気が震え、ネオンの粒子がかすかに滲む。人々は気づかない。けれど、その波を敏感に感じ取る者がいた。
篠原湊。
陰陽師学園に通う、誰からも期待されない落ちこぼれの少年だ。
学園では「最下級」と烙印を押され、誰からも見向きもされない。式神もろくに扱えず、呪術試験でも毎回落第ギリギリ。教師にすら「このままでは退学だな」と笑われる存在。
だが彼には、誰にも言えない秘密があった。
──言葉が聴こえる。
風のざわめきに、古代の歌声が。
水滴の震えに、誰かの祈りが。
夜空を渡る電波の中に、名も知らぬ神々の囁きが。
それは学園で禁じられている「言霊(ことだま)」の力。
かつて人と人を結び、国を動かし、同時に戦乱を呼び起こしたため、“黒書庫”に封じられた禁術。
湊は偶然その声を拾い続けてしまう。いや──本当は必然だったのかもしれない。
その夜も、胸の奥を震わせる声が落ちてきた。
──〈つなげ〉。
耳に響いた瞬間、街全体が息を呑んだように静止した。
電光掲示板が消え、AIの制御が一瞬途切れ、空を飛ぶドローンが墜落する。混乱の中で湊の目に映ったのは、空に穿たれた黒い裂け目だった。
そこから滲み出すのは、異形の影。形を持たず、都市そのものを呑み込もうと広がっていく。
「やめろ……」
誰も彼を見ていない。落ちこぼれの声など、届くはずもない。
だが次の瞬間、湊の口から零れた一言が、世界を震わせた。
──「鎮まれ」。
言葉は光の矢となり、水面を伝う波紋のように都市を駆け抜ける。
そして、裂け目から伸びかけた影を押し戻した。
気づけば、人々はただ「システム障害」として片付けている。AIのエラー、電力の乱れ。誰も“落ちこぼれの少年”が世界を救ったなど想像しない。
湊はただ、ひとり静かに息を吐いた。
その手は震え、額には冷や汗が滲んでいた。
「……また、やってしまった」
言霊を使えば、世界は応える。
だが同時に、湊の存在もまた“誰か”に気づかれてしまう。
空の彼方で、龍脈がうねる気配がした。
まるで見えない巨大な蛇が、都市を取り巻いて蠢いているように。
やがてその視線の先に現れるのは、同じ学園に通う優等生たち。
AIと契約した天才少年ユリウス。
自然と共鳴する少女・美琴。
そして、禁忌を監視する謎の組織。
彼らが知らぬまま、物語はすでに始まっていた。
落ちこぼれの陰陽師は、言葉で世界を繋ぎ直す運命に巻き込まれていく。
──その力が、希望となるのか。
──それとも、再び戦乱を呼ぶのか。
答えを知るのは、まだ誰もいない。
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