エリオスとアステリア〜太陽と星を廻るこの世界の律について〜

はな

File1 : Code Mismatch

1.生贄 : この世界の永遠の星

 その姿を、肉体の奥の魂を見た瞬間に、エリオスの胸に最初にわき上がったのは喜びだった。同時に、頭の中に警鐘が鳴り、一気に破壊衝動と絶望が押し寄せた。異物を拒絶する本能が胸に突き刺さり、抉っていく。

 思考が爆ぜた。視界が赤に染まる。喉の奥が焼け、獣のような咆哮が漏れそうになる。


「……ッ!」


 抑えきれぬ力が全身を駆け抜け、筋肉が勝手に収縮する。排除せよ、と律が命じていた。


 ――排除せよ、存在を許すな。


 それは理屈ではなく、脈打つ衝動そのもの。

 右腕が震え、魔力が奔流のように集まり始める。炎が生まれる寸前、エリオスは自分の手首を左手で乱暴につかみ、骨が軋むほど力を込めた。

 吐き気が込み上げる。頭蓋が割れるほどの圧迫感。

 歯を食いしばり、喉を裂くようなうめき声を噛み殺した。


 薄暗い神殿にひざまずかされていたのは、一人の異質な人間だった。

 胴部分だけを覆う緩い布をまとわされ、露出した肌は透き通るようにきらめいている。

 エリオスを見上げる瞳は、見るたびに色を変えながら星のように輝く。光の当たり具合によって星屑のように輝く緩やかな白金の髪が肩の上で弧を描いていた。


「アス、テリア……!」


 目の前の異物の名を呼ぶ。永遠の時を巡り、永遠にエリオスが排除し続けている律に反する魂。

 頭の中に異物を排除せよという律の警鐘が鳴り響く。律を侵してはならない。律を守らなくてはならない。律なくしてこの世界は成り立たないのだから。

 一歩近づく。押さえた右手を炎が包んだ。


 はっとしたようにアステリアが目を見開いた。それに反応するかのように肌が発光し、美しい紋様が浮かび上がる。

 それは、複雑に枝分かれした直線を描き、腕を走る。かと思えば、ほおには美しい曲線を重ね合わせた花のような模様が浮かんでは消えた。

 同時に、アステリアの周りを稲妻が走る。それは、アステリアに備わる自動的な防御反応だと神たる自分は知っている。


「アステリア……ッ」


 床を踏み砕くほどの力で足を押さえつける。今にも飛びかかりそうな身体を、自ら鎖で縛りつけるように。

 額から汗が流れた。身体の感覚が揺らぐ。人の姿を保っていられなくなったら終わりだ。全てを焼き尽くす炎となりアステリアをこの世から排除してしまう。

 胸が焼けるようだ。だが、今自分は本当にアステリアを焼き殺そうとしているのだ。こんな苦痛など比べものにならないものを、味わせようとしている。


「神様……苦しいのですか」


 アステリアが立ち上がった。その瞳が、金色に輝いたかと思うと、静かに青へと色を変えながらエリオスを見つめる。

 その静かさに、一瞬胸を抉る衝動が揺らいだ。必死に、その揺らぎにすがる。

 排除したくない。


「僕は、あなたの生贄です」


 一歩、アステリアが足を踏み出した。そしてまた一歩。恐れを感じさせない歩調で、アステリアは目の前に立った。

 右手の炎がさらに吹き上がる。


 ——異常あり。異物を排除せよ。


 鳴り続ける警鐘に意識が混濁していく。

 アステリアの肌に浮かんでは消える紋様が、全身を包んでいる。その美しさだけがエリオスの意識を繋ぎ止めていた。

 アステリアの右手がそっと左手に触れ——刹那、炎がかき消えた。頭の中で鳴り響く警鐘も、胸を抉る痛みも霧散する。

 視線が真正面から交わった。


「止まっ、た……」


 怯えも敵意もなく、ただ真剣に向けられるまなざしに、息を吐く。

 アステリアの手を取った。律がアステリアの認識に失敗している。魂を見た時はあんなに異常を排除しろと警鐘を鳴らしていたのに、なぜ。

 まさか。


「神様……?」


 記憶の中のアステリアは、鈴のような高い声をしていた。

 身長も、見下ろさねばならないほど差があったのに、今はエリオスがほんの少し視線を下げるだけで目が合う。

 肩にふれる。記憶のものよりしっかりした存在感と、かたさがある。


 胸の中に歓喜があふれた。もしかしたら、今度こそアステリアを排除しなくて済むかもしれない。

 そう思うと、たまらずアステリアをかき抱いていた。


「アステリア、お前……男に生まれたのか」

「は、はい……」


 腕の中で頷いたアステリアのほおに紋様が浮かぶ。


(美しい……)


 何回も、何十何百何千何万何億……気の遠くなるような時間くり返して来た。だから知っている。

 感情が揺れると、その肌にこの世界の律を写したような紋様が浮かぶことを。


 そして今、エリオスにかき抱かれたアステリアには全身にその紋様が浮かび上がっていた。

 その紋様は輝いては消え、再び浮かぶ。浮かぶたびにその模様は変化していく。


「律をこえたのか……!」

「あ、あの……」


 この世界の永遠のアステリア。この世界で唯一、エリオスを理解する人物。

 そしてこの世界で唯一、エリオスが愛する者。

 アステリアの瞳が揺らいだ。紫から澄んだ青、そして薄い赤へと色を変えながらも、その視線はエリオスから外れない。


「ああ、アステリア。お前に触れることが出来る……! お前が、愛は律をこえると証明してくれた」


 その永遠の魂が生まれた時から、アステリアは美しい少女だった。人ならざる美しさは、確かに異質なもの。異質で、だからこそ美しい少女。

 エリオスの中の破壊衝動は、その律に反するの魂を排除しようとするもの。


 初めて男として目の前に現れたアステリア。その魂は、排除対象で間違いない。目にした途端にわき上がった破壊衝動がそれを物語っている。

 しかし、触れた途端にそれは止まったのだ。

 エリオスの中の異物排除機能は、魂には反応する。しかし、肉体に触れると止まる。排除対象から外れてしまう。

 その理由は、おそらくアステリアが男として生まれたことにある。


「お前はずっと、言ってくれていた。必ず、私と生きる道を見つけると」


 最初は、躊躇なく破壊した。やわな少女を、なんの慈悲もなく世界から排除した。

 永遠の魂は律に反する。なぜ、律に反する永遠の魂が生まれたのかわからない。だが、永遠であるが故にその魂を滅することは不可能だった。

 ならば、その器を破壊し続けるしかない。律に戻り、再び転生しようとも永遠に排除し続ける。排除し続けていた。

 永遠に排除するものと、永遠に排除される者。世界で唯一、永遠の時を共有する魂。


「アステリア」


 そっと口付けた。驚いたように見開かれた瞳が紫へと色を変え、閉じられた。エリオスに侵入を許したのどが、細い息を飲んだ。

 深く深く、アステリアの内側をなぞる。吐息が重なり、アステリアの呼吸が乱れた。

 エリオスの破壊衝動は、いまだに止まったままだ。


「アステリア、愛している」


 もっと、ずっと、繋がっていたい。愛したい。

 太陽すら手の届かなかった星を、やっとこの手につかんだのだから。


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