第二章:禁断の一夜:理性の崩壊
第5話 無防備な姿
ドアの前に立った俊太郎は、思わず言葉を失った。
軽く頬を紅潮させた結衣が、片手を腰に当てながらにやりと笑う。
そのまま一歩踏み出すと、俊太郎が戸惑って開けたままのドアを押し広げ、当然のように部屋へ入ってきた。
「ちょ、ちょっと、新藤さん…」
制止の声も虚しく、結衣は振り返りもせず室内を見回す。
狭いシングルルーム、ベッドとデスク、壁際のミニバー。
まるで自分の部屋のように
「新藤さん、もう休んだほうが――」
言いかけた言葉は、結衣が冷蔵庫の扉を引き開ける音にかき消された。
彼女は真剣な顔つきで中を
プシュッ、と軽快な音を立てて一本を開けると、くるりと俊太郎に振り向いた。
「ほら、乾杯しましょ。今日の打ち上げはまだ終わってないわ」
差し出された銀色の缶が、強い光を反射して目の前に迫る。
俊太郎は反射的に手を出し、受け取ってしまう。
断ろうと思った瞬間、彼女の笑みが無邪気で、どこか楽しげで、強く押し返す言葉を喉の奥に封じ込めた。
「いや、あの…でも…」
苦笑いでごまかす俊太郎の視線をよそに、結衣はベッドの端に腰を下ろした。
パンプスを脱ぎ捨て、すらりとした足を組み替える仕草は妙に自然で、しかしどこか無防備に見える。
缶を軽く傾け、ぐいと口をつけた。
「ふぅ…やっぱり、これよね」
吐き出すような息とともに笑みが浮かび、頬の赤みがさらに濃くなる。
俊太郎は未開封の缶を手に持ったまま、落ち着きなく視線をさまよわせた。
壁際のデスクにある椅子へ逃げ込むように腰を下ろす。
正面にベッド、そこに腰掛ける上司。
ベッドと椅子を隔てるわずかな距離が、不自然なほど鮮明に意識される。
「ねえ、村瀬くん」
結衣が缶を傾けながら視線を向ける。
その眼差しは酔いのせいか、少し柔らかく揺れていた。
「せっかくの出張なのに、部屋で寝るだけなんてつまらないわ」
「でも、もう遅いですし…」
俊太郎は視線を落とし、未だ開けていない缶を指先でなぞる。
「こういうのも仕事のうちよ。上司に付き合うのも部下の役目でしょ?」
冗談めかした調子で笑い、結衣は再び缶を口元に運ぶ。
俊太郎は苦笑いを浮かべた。
返す言葉を探すうちに、心のどこかで自分がペースを崩していることをはっきりと感じていた。
彼女を止めなきゃ、休ませなきゃ――理性ではそう訴えているのに、目の前の
普段の職場で見せる「冷静で厳しい上司」の姿はここにはなかった。
靴を脱いで足を組み、缶ビールを片手に笑う結衣。
その自然さと無防備さが、俊太郎の胸を妙にざわつかせる。
彼は自分の手の中にある缶を見つめながら、開けるべきか否かを迷い続けていた。
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