■/■ 江波菜月(仮名)

 JR渋谷駅から数分にある、地下の居酒屋。

 ■/■(土)中々被らない休日が合い、大学時代の友人と呑んだ。


 業種も違い、友人関係もほとんど被らないので、偶に話せばこれが非常に楽しい。

 彼女は快活で頭も良く、悪ノリも分かるのが面白くて、こうしてタイミングが合う時にはストレス発散に付き合ってもらうのだ。


 二、三杯グラスを空けるまでの間、取り留めのない話をして、最初にドサッと頼んだつまみの皿も空いてきた。

 さて、追加で何を頼もうかとモバイルオーダーの画面に目を落とした時、彼女がふと話題を振ってきた。


「最近入ってきた利用者がな、まあ偏屈で。

 榊原さん言うんやけど」


「愚痴ってた人かね。名前は聞いてない」


「兵庫の人らしいで。私と一緒くらい訛っとる」


「へぇ」


「機能訓練んときに、こうやって手鏡見ながら変な顔しとるんよ。

 『これがほんまのわしの顔やろか』とか言うてな」


「見つめなおしてんのかな、人生を」


「ウケるわ。そうかもな

 首にでっかい火傷跡あんねん。それ擦りながらな? 

 なんか、妙に愛嬌ある偏屈爺さん」


 そうして愚痴が始まった。


「うち『しょうたき』なんやけど、

わかる? 『小規模多機能型居宅介護』

あぁ、まあええわ。とにかくデイもステイもあんねん

でな? たまに泊りにきよんねん。

別に歩けんねんで?

なのに難癖ばっかつけよって、ホーム行けや」


「ほうほう」


「あー話してたらなんか腹立ってきた」


「はは、ちょっと前から怒ってたよ」


「怒ってないわ! 」


「怒んなよ」


「あーもう。……無いわ」


「何にする? 」


「藍詩は? 」


「ハイボール」


「一緒で」


 その後も何杯かグラスを枯らして、よく話した。

 不意に話題が途切れて、仕切り直すかのように彼女が口を開いた。


「藍詩、また新しいの書いてるん? 」


「書いてる」


「どんなん? 」


 簡単な問答の中で、「さんげの箱」の話題が出ると、彼女は思いのほか食いついて来た。

 確かに、先々刊行の小説作品よりもネットに現在掲載している作品の方が興味は持ちやすいだろうなと思ったのと、掘り下げられたのが嬉しくて、僕はかなり詳しく「さんげの箱」について説明した。


 鏡に名前を書き、

 呪文を唱え、

 鏡を割り、

 箱に貼る。

 精算すべき引っ掛かりを箱の中に閉じ込める。


 江波は笑って聞いていた。


「あー、まさにおまじないって感じやな。

 レクとかできるんちゃう? 言うてみよか」


「別に、いいならいいよ」


 その後も面白おかしく、いい気分のまま、この日は21時には散会となった。

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