第8話

 おっちゃん先生が道に親指を突き出したと、同時。


 ギュリギュリと音を立ててバス停の脇に大きくて真っ赤なバイクが粉塵をまき散らせながら滑り込んできた。

 おっちゃん先生は粉塵をもろにかぶっているけれど、笑わない、逸らさない。くたくたのシャツと茶色いコート、おっさん臭い服が全くに合わない鋭い瞳で私を見据える。


 頼んだ。


 おっちゃん先生の唇がかすかに動いて、バイクのドライバーの肩を軽めに2回叩く。

 おっちゃん先生は私に歩み寄ると、左手を引いて、勝手に歩かせる。バイクまであと数歩というところで右手をドライバーに掴まれて、フルフェイスをかぶせられると後部座席に載せられる。細身なのに、力強い。一瞬のこと過ぎて、文句すらいえなかった。


「飛ばすよ、荒木田さん」


 この声。澄んでいて、不真面目の何たるかを知らなさそうな声。

 足を見てみれば、間違いない。2年1組、私の担任。


「親御さんに話は通してある。ちょっと付き合ってもらうよ」


 そこじゃないです、先生。

 ってか、誤解を生む言動を慎むのが教師ってもんじゃないんですか。


「違いないね」


 担任先生は前を向いたまま答える。声のトーンすらも聞き逃しそうなバイクの気流の中だけど、確かに笑っているのがわかる。


 担任先生、貴方の名前、そういえば覚えていなかったです。不真面目な生徒ですいませんね、貴方は私の名前を憶えてくれているのに。


 担任先生の細い肩にしがみついていたら、私は笑いとともにこぼれる言葉以外のその全てを、忘れてしまっていた。

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