第25話 サクラの過去
「――――あぶないっ!」
昼間の街中で聞こえた声は、緊張感に満ちていた。
次の瞬間見えたのは、刃物を手にした一人の男。
「アアアアアアアア――――ッ!!」
響く狂気の叫び声が、その男の危険性を証明する。
「誰でも良かった」と後に語る男はしかし、母子連れという狙いやすい対象を見つけて特攻。
向けられた刃の閃きを見た瞬間、少女は呆然とすることしかできなかった。
そして猛然と迫る男が、手にしたナイフを母に突き立てようとした――――その瞬間。
「はあっ!」
間に割り込んできた青年の振るった木剣が、男の手を強く打った。
宙を舞う刃。
まさかの事態に激昂した男は、木剣の青年に狙いを変えて体当たりを仕掛けに行く。
「させるかっ!」
しかし青年は即座に剣を振り下ろして、男をけん制。
足を止めたところで、続く払いの一撃で右あごを打ち付けた。
脳を強く揺らされた男は、そのままその場に倒れ込む。
すると近くにいた者たちが、慌てて男を取り押さえた。
「あ、ありがとうございました……っ!」
母が、何度も頭を下げる。
自分でもとっさの判断だったのか、木剣の青年は緊張からの開放に片ヒザを突き、肩で息をしていた。
それでも自分を見る少女に気づくと、「もう大丈夫」と笑ってみせる。
剣術道場に通う、学生のお手柄。
この未遂事件が少女、後のサクラに剣の道を選ばせた。
そして過ぎ去った、十数年の時。
世界は突然現れたダンジョンと、人生を賭けて探索に挑む者たちの話で持ち切りになっていた。
誰よりも真面目に練習を重ね、全てを賭けて剣術に打ち込み才能を開花させたサクラが、そこに導かれるのは必然だった。
◆
「はあ、はあ……っ!」
ダンジョン一階層に聞こえる、荒い呼気。
サクラは走りながら、振り返る。
そこには群れで追ってくる、獰猛な黒狼たちの姿。
ダンジョンに棲むこの恐ろしい魔物は、逃げるサクラを討たんと後を追い続けてくる。
「っ!?」
そして道が開けた、その瞬間。
その中の一体が、急に速度を上昇。
猛烈な飛び掛かりをサクラはどうにか回避するが、腕を弾かれ転倒。
ついに、地を転がった。
慌てて刀を取ろうと手を伸ばすが、力が入らず手元から滑り落ちてしまう。
それを見た黒狼たちは、一斉に駆け出した。
もはや反撃の手段もなし。
迫る狂気の黒狼を前に、終わりを覚悟した――――その瞬間。
「っ!?」
突然目の前に、真っ黒なコートに身を包んだ何者かが降ってきた。
すると黒狼たちはすぐさま、狙いを漆黒のコートに変更。
同時に喰らいつきを仕掛けに行く。
「邪魔だ」
そう言って大きく右手を払うと、豪快に放たれる魔力の飛沫。
一撃で前列の黒狼たちを、消し飛ばした。
しかしその隙を突き、後列から飛び掛かってきた個体が、猛然と喰らいつきにくる。
「甘い」
続けざまに左手を突き出し、放つ魔力の矢が敵を爆散させた。
だが黒狼たちの連携は、これでもまだ終わらない。
三段階の波状攻撃。
この隙に回り込んできた個体が、左右から一体ずつ。
さらに正面から飛び掛かってきたリーダー個体が、鋭い牙をむき出しにして喰らいつく。
三方向から時間差をつけての攻撃は、群れだからこそ可能な恐ろしい連携だ。しかし。
「燃え盛れ闇の炎――――【ダークブレイズ】」
黒衣の男は上げたままの左手を優雅に返し、パチンと指を鳴らしてみせる。
すると男の周りに闇の炎が燃え上がり、全ての黒狼を一瞬で焼き尽くした。
「すごい……」
圧倒的なリキャスト速度が成す三連続の魔法で、黒狼の群れを余裕で一掃。
まだダンジョン攻略が民間に任されてから、それほど時間は経っていない。
それなのにどうして、ここまで卓越した戦いができるのか。
思わず、感嘆の声をもらすサクラ。
すると黒衣の男は、コートをひるがえしながら振り返る。
「ケガでもしているのか?」
「っ!」
サクラは一瞬で見抜かれたことに驚きながらも、うなずく。
実は先日、危機にあった探索者を助けた際にケガを負ってしまった。
それはサクラにとって、非常に大きなものだった。
なぜなら利き手である右手が、しっかりと刀の柄を握れなくなってしまったからだ。
「ここは危険だ。なぜそんなケガを負ったままダンジョンに踏み込んだ?」
「ここにあるって言われてる『宝』を使えば、このケガを治すことができると思って……」
まことしやかに語られている、ダンジョンの『宝』の話。
もしも手に入れることができれば、この致命的なケガを回復できる。
そう思ってサクラは、危険を承知で最後の賭けに出た。
戦いを僅少にして進めば、可能性はあると踏んでの行動だったが、ダンジョンはそう甘くはなかった。
「それで死んでしまっては意味がないだろう。あまり無理はしない方がいい」
黒衣の男の言葉に、サクラは力の入らない手で刀の柄を握る。
「剣だけが……私の価値なんです」
十数年の時を、全て捧げた剣術。
「剣がなければ、自分には何もない」
それはいつしか、サクラの全てになっていた。
だから思わぬ形で負ったケガで剣を握れなくなったと分かった時は、絶望した。
そして『宝』の話を知った時には、まるで希望の光が差し込んだかのようだった。
「なるほど……ならば私と共に進め」
そんなサクラの目を見た黒衣の男は、一言そう告げて歩き出す。
サクラは少し悩んだ後、ゆっくりとその後に続く。
「……警戒しているな」
「それは、全身黒づくめなわけですから」
「なるほど、それなら自己紹介だけでもさせてもらおうか」
そう言って黒衣の男は振り返り、コートの裾を大きく払う。
そして右手を突き出し、盛大に名乗りを上げる。
「我が名は混沌の王、ダークロード! 以後、お見知りおきを」
「…………」
さらにちょっと、距離を取るサクラ。
しかしダークロードは気にする様子もなく、「フフッ」と笑ってみせたのだった。
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