朱雀少女は今日も自由に舞う
冥焉
本編
第1話「朱雀、舞い戻る」
午後の電車は、どこか鈍重な空気をまとっていた。
橘紗夜は今日もバイト帰りで、疲れた足を踏みしめる。黒髪が肩に垂れ、制服は皺だらけ。
「はあ……今日も疲れた……」
そのとき、不意に視界が光で揺れた。
――そして衝撃。
紗夜の身体は宙に浮かされ、電車の轟音とともに世界は真っ白に染まった。
次に目を開けたとき、世界は炎に包まれていた。
黒髪だったはずの髪は、鮮やかなオレンジ色に変わり、手元の炎が自然に揺れる。
「……な、何これ……?」
紗夜の声に応えるかのように、炎は小さく舞い、燃え広がることなく周囲を守った。
身体の痛みはなく、心地よい温かさだけが残る。
「……私は朱雀……?」
知らぬ間に、紗夜は自分の中にある神鳥の力を感じ取った。
数時間後、彼女は学校に戻る。
制服の上からオレンジの髪を「染めた」とごまかすのは精一杯だったが、クラスメイトの視線がチラチラ。
「……あれ、髪染めたの?」
「……地毛だってば!」
小さなやり取りで笑いをこぼしながらも、紗夜は心の中で静かに決めた。
(私は自由に生きる。力も日常も、誰にも縛られない)
授業中、黒板の隅に奇妙な影が揺れた。
誰も気づかない。紗夜だけが見える幽霊――昨日の事故で死んだはずの小動物の魂だ。
掌に小さな炎を灯す。
ふわりと揺れるオレンジの光が、幽霊を包み、静かに消えていった。
――その瞬間、教室の後ろから鋭い視線が刺さる。
神谷理沙。クラスメイトで、元機関の術者。
「……やっぱり、あなた……」
紗夜は微笑むだけ。力は秘めておく。だれにも、朱雀であることは見せない。
放課後、バイト先のコンビニ。
店長の大谷武はにこやかに声をかける。
「紗夜、今日も遅くまでご苦労さま」
「はい、ありがとうございます!」
紗夜は笑顔を返しつつ、心のどこかで考えていた。
(自由に生きるって、こういうことなんだ……)
その夜、街に潜む小さな怪異が紗夜の目に映る。
炎を手に取り、掌で軽く揺らすだけで、街の異変は静かに修復される。
建物のヒビ、倒れた看板、壊れた自転車――朱雀の炎は全てを元通りにした。
「ふふ……今日も無事に終わったみたい」
紗夜は夜空を見上げる。朱雀の翼が空を裂くかのように、心が自由に舞う。
誰も知らない、でも確かに守られた自由。
それが、紗夜の生きる世界だった。
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