第3話 日本で始まる不穏な動き

同じ日の夜、日本では政治的混乱が頂点に達していた。東京・永田町の自民党本部では、緊急幹部会議が開かれている。会議室に集まった重鎮たちの表情は一様に険しく、党の分裂が現実味を帯びてきていることを物語っていた。


「もはや党内統制は不可能です。派閥対立が収拾のつかない状況にまで発展している」


幹事長の重々しい声が、静寂に包まれた会議室に響いた。机上に積まれた資料は、各派閥の離反状況を詳細に記録したものだった。戦後政治の安定を支えてきた自民党という巨大組織が、内部から崩壊しつつあったのである。


一方、バンコクの奈々子のアパートでは、日本のニュースチャンネルが深刻な事態を伝えていた。画面には「自民党分裂危機」「政界再編の兆し」という文字が踊っている。奈々子は写本を手に、テレビの報道を見つめていた。


「自界叛逆難……まさに、その通りね」


日蓮の予言書に記された「国、内より乱れ」という言葉が、現実のものとなっていることに奈々子は戦慄した。七百年前の予言が、こうも正確に現代の事態を言い当てているとは。


翌朝、東京では驚くべき出来事が起きていた。午前六時三十二分、東京湾北部を震源とする震度五弱の地震が発生したのである。この地震そのものは大きな被害をもたらさなかったが、問題はその性質にあった。


気象庁の緊急記者会見で、地震火山部長は困惑した表情で発表した。


「今回の地震は、既知の活断層では説明のつかない震源で発生しました。また、地震波の特性も通常とは異なる特異なパターンを示しています。現在、詳細な分析を進めておりますが……」


記者たちからの質問が飛び交う中、部長は言いよどんだ。実際のところ、この地震は自然現象として説明することが極めて困難だったのである。震源の深さ、地震波の伝播パターン、すべてが従来の理論に合致しなかった。


同じ頃、防衛省内部では秘密会議が開かれていた。出席者は防衛大臣、統合幕僚長、そして数名の政府高官。議題は表向きには「国内情勢の分析」となっていたが、実際には全く別の内容だった。


「アクシオム計画の進捗はいかがですか?」


防衛大臣の問いに、一人の技術官僚が資料を開いた。


「意識転送技術の基礎実験は順調に進んでいます。ただし、量子もつれを利用した遠距離転送については、まだ技術的な課題が残されています。目標とする十七光年の距離への転送は……」


「十七光年?」


統合幕僚長が眉をひそめた。


「はい。目標天体『アクシオム』までの正確な距離です。我々の計算によれば、地球環境の悪化により、人類の物理的な生存が困難になる時期は、早ければ二十年後と予測されています」


会議室に重い沈黙が流れた。人類の未来を左右する機密計画が、水面下で着々と進行していたのである。


その夜、SNSでは奇妙な現象が起きていた。「#立正アクシオム」のハッシュタグが、何者かによって大量に投稿され続けていたのだ。投稿内容は断片的で意味不明だが、すべてに共通して「七難」「アクシオム」という単語が含まれていた。


「地震は始まりに過ぎない。第二の難が近づいている」 「アクシオムへの道は開かれた」 「意識の転送こそが救済の道」


これらの投稿は、まるで組織的な活動のようにも見えたが、発信源を特定することはできなかった。政府のサイバーセキュリティ部門も調査に乗り出したが、投稿者の正体は謎に包まれたままだった。


翌日、バンコクの奈々子のもとに、チャイ博士から緊急の連絡が入った。


「奈々子さん、大変なことが分かりました。NASAの友人から返事が来たのです。『アクシオム』という天体について、驚くべき事実が判明しました。すぐにお会いできませんか?」


奈々子は急いでチュラロンコーン大学へ向かった。チャイ博士の研究室で待っていたのは、想像を絶する真実だった。


「『アクシオム』は確かに実在します。ケプラー宇宙望遠鏡によって二〇一五年に発見された系外惑星で、正式名称は『Kepler-442b』。地球から十七・一光年の距離にあり、生命居住可能領域に位置しています」


チャイ博士は興奮した様子で続けた。


「しかし、最も驚くべきことは、この惑星の発見データが、写本に記された数列と完全に一致していることです。七百年前の日蓮大聖人が、なぜ現代の天文学データを知り得たのか……」


奈々子の頭の中で、すべてのピースがつながり始めた。日本の政治的混乱、原因不明の地震、秘密裏に進む政府計画、そして古写本の予言。これらはすべて、壮大な計画の一部だったのではないか。


「チャイ博士、これは偶然ではありません。何者かが七百年前から、この時代のために準備を重ねてきたのです。『アクシオム計画』の存在も、決して偶然ではない」


その時、奈々子のスマートフォンに日本からの緊急ニュース速報が届いた。画面には衝撃的な見出しが表示されていた。


「政府、国家機密保護法の大幅強化を検討。情報統制の新段階へ」


奈々子とチャイ博士は顔を見合わせた。日蓮の予言書に記された「七難」の第三波が、ついに始まろうとしていたのである。そして、彼らが追い求める真実も、次第に危険な領域へと足を踏み入れていくことになる。


バンコクの夕陽が西の空に沈む中、奈々子は決意を新たにした。この謎を解き明かし、人類の未来に関わる真実を暴き出さなければならない。たとえそれが、想像を絶する危険を伴うとしても。

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