第6話 演技ごと、乱されて

 静かな応接室の一室。


 二人きりで情報整理をしていたところに──

 突然、扉が開かれた。


「……ナイジェル、本当に来てたんだ」


 少年のような声。

 その声の主を見て、ナイジェルが小さく目を見開いた。


「……イヴ。お前こそ」


 現れたのは、白銀の髪に透き通るような蒼い目を持つ、繊細な美貌の小柄な青年だった。少年にも見間違うぐらいだ。

 だが、その顔立ちと違って、声の調子も瞳も驚くほど淡々としている。


「久しぶり。まだ生きてるんだ。新しい恋人?」

「さっぱりしてるな、相変わらず」

「元恋人が言うのもなんだけど……ずいぶん好みが変わったね」

「そうかも?」

「まぁ、あんた昔から気まぐれだし」


 自分とは違う、華奢で美しい青年。

 予想はしていた。


 ──それでも、「元恋人」という言葉が胸を刺した。


 わずかに目を細めてナイジェルの横顔を盗み見る。

 その無表情が、妙に腹立たしかった。

 俺だけが動揺している気がして。


「ここに何をしに?」


 ナイジェルが問うと、イヴは小さく息を吐いた。


「ヴァルシュタインと手を切る準備が始まってる。あんたの義兄が裏で動いてる。私はその後方支援」

「なるほど」


 ナイジェルの口元が、わずかに引き締まる。

 その背後で、俺の心拍がひとつだけ速くなった。


「そっちは?」

「……こっちは、ただの


 そういいながら、ナイジェルが俺の肩を引き寄せ、軽く髪にキスした。


「相変わらず、やる気ないね」


 イヴはちらと俺の方を見やる。

 そして何かを思い出すように視線を細めた。


「……その顔、見たことある気がする。ヴァルシュタインの騎士団長。アデル=シュタットに、似てる」


 その場の空気が、ぴんと張り詰めた。

 ナイジェルと俺の間に、微かな緊張が走る。

 ナイジェルが先に口を開く。


「またそんなことを。似てる顔なんて、世の中にいくらでもある」

「……まあ、ね。まさか本人が、こんな場所に来るわけないか」


 イヴはあっさりと肩をすくめる。

 だが目だけは、無感情のまま、まるで皮を一枚ずつ剥ぐように俺を観察していた。

 そのとき。


「ナイジェル」


 低い声が背後から響く。


「……義兄さん」


 ──ナイジェルの義兄。

 正妃の子であり、ナイジェルとは腹違い。

 冷たい目を持つ男だった。


「ヴァルシュタインの騎士団長と一緒とは、どういうことだ?」

「人違い。俺の恋人ですけど?」


 あっさりと、ナイジェルが言い放つ。


「「……本当に?」」


 義兄とイヴが同時に言った。 だがナイジェルは、まったく動じず、俺の肩を引き寄せる。


「見ればわかるでしょう。お気に入り。最近はずっと一緒です」

「演技のつもりか? その男はヴァルシュタインの──」

「似てるって言われるらしいけど。ずっと色っぽい」

「だが……」


 そのときだった。


 ナイジェルが俺の後頭部を手でつかむと、俺を引き寄せる。

 そのまま、深く唇を塞いだ──容赦のない、明らかなディープキスだった。

 俺は驚いて肩を震わせ、抵抗しようとした。

 だが、ナイジェルの意図に気が付いて、抵抗をやめる。


「……っ、ふ、ん……♡」


 見られている。

 イヴと、ナイジェルの義兄に。


 突き刺さるような視線でこの姿を。羞恥が喉の奥を焼く。


「……見られ……恥ずかしい……」

 思わず、そんな声が漏れた。

 なのに、それすら甘く濡れていて、演技だけではなかった。


 俺が抵抗をやめたのを察したのか、ナイジェルの舌が遠慮なく口内を犯す。

 唇のあいだから、濡れた音──ぴちゃっ、ちゅっ、といった音が静かに室内に響いた。


「ん…ふ」


 手が腰を撫で、指先が密着する衣服の上からじわじわと熱を送り込む。


「あ……っ、ナイジェル様……や……っ……♡」


 思わず漏れた声は、か細く、甘い。

 必死に理性を繋ぎとめようとする──けれど、それすら崩れていく。


 ──演技のはずだった。だが、熱は確かに本物だった。


 そのとき、ナイジェルの手がゆっくりと腰から下腹部へと滑り、股間に触れた。

 布越しに、優しく、撫でるように。


「……っ、だ、め……っ♡」


 びくりと腰が跳ね、思わず声が漏れる。


「……すごい。もう、こんなに」


 いつもより、反応がいい──いや、早い。

 自分でもそう感じてしまって、なおさら恥ずかしい。


 ナイジェルの囁きが耳元に落ちる。

 羞恥と快感がないまぜになって、思考が白く塗り潰されていく。


「……感じやすくて、可愛い」


 耳元に滑り込む声に、身体が熱に浮かされていく。

 喉から甘い声が漏れそうになるのを必死で噛み殺す──でも、指は止まらない。


「あ……っ、や、だ……っ……♡」


 頬が赤く染まり、目が潤む。

 イヴが小さく鼻を鳴らす。


「……確かに、騎士団長がこんな真似を許すと思えない。

 あいつは任務一徹の堅物って有名だったし。

 似てるけど……別人、か」


 義兄も目を細めた。


「……騎士団長のはずがない。あいつは任務に命を懸ける男という話だ」

「そうなんだって」


 ナイジェルが俺に目を合わせて笑う。

 俺も薄く微笑んでみせた。


「任務より、愛し合うほうが楽しいのに」

 俺の言葉に、義兄の表情が歪む。


「男娼め……そしてイゼルノア家の面汚しめ。早く出ていけ。顔を見せるな」


 吐き捨てるように言うと、二人は踵を返し部屋を出た。


***


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