二つの世界の境界線
@tanakasatoshi48
第1話:転移の理論と現実
事象の発生は、常に複数の要因が複合的に作用した結果として観測される。それは、魔法と呼ばれる超常現象においても例外ではない。
私は、その原理を解明し、制御することを目的とする研究者、天野 創(あまの そう)だ。そして同時に、次元跳躍で、行方不明となった唯一の肉親、弟・ユウを捜索する者だ。
彼が最後に残した通信記録には、次元の歪みを伴う大規模な魔力放出反応が記録されていた。
通称「ゲート・インシデント」。
地球上のいかなる観測データにも存在しない、異世界からの信号と推測された。その信号を辿る唯一の方法は、逆方向からの次元跳躍、すなわち「異世界転移」であると私は結論づけた。
私の専門は次元魔術理論、特に「事象転移式」の構築にある。物質をある座標から別の座標へ、最小限のエネルギー損失で移動させるための演算式だ。
これまで、小規模な実験は成功していたが、今回の目標は次元そのものを跨ぐこと。地球の物理法則と異なる異世界のそれとを整合させる必要があった。
私は、既存の転移式に、ユウの通信記録から抽出した異世界由来の魔力特性値をパラメータとして組み込み、最終的な転移式
「\Phi(x, y, z) = \sum_{i=1}^{n} \frac{\Delta M_i \cdot \Gamma_i}{\lambda_i} - \int_{0}^{T} \Psi(t) dt」
を導き出した。
転移の実行には、大規模な魔力源が必要となる。私は、長年かけて収集した「マナ結晶」を、転移式を組み込んだ術式陣の中心に配置した。
「転移開始まで、3、2、1……」
視界が白く塗りつぶされ、全身を圧迫するような不快な感覚に襲われる。
だが、視界がクリアになった瞬間、鼻腔をくすぐる独特の匂いがした。甘く、香ばしい、そして油の匂い。足元には見慣れない床材。私は、自分が異世界ではなく、見慣れた地球上にいることを瞬時に理解した。 そして、私の目の前にある看板にはこう記されていた。
「ノーソンストア100 東池袋店 惣菜コーナー」
転移式は失敗した。
次元転移は発生しなかった。代わりに、私は空間を跳躍させられたのだ。私の論理的思考に反する不可解な事象。私は、リュックからタブレット端末を取り出し、転移時のデータを解析した。
その結果、一つの可能性が浮かび上がった。
――私の転移式には、「空腹」というパラメータが、無意識的に組み込まれていたのではないか。
この結論は、私の論理的思考に反する。しかし、目の前の事実は、この不可解な仮説を支持している。
私は、レジ横のフライドチキンを凝視し、これを「転移時の外部影響因子」として、今後の研究データに加えることにした。
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